Column[ 読みもの ]

玉村豊男 新連載コラム『ワインのある食卓』

2015年10月05日

第3章 ワインづくりは農家の仕事 ――(5)ワイナリーオーナー

アメリカやヨーロッパに行って、<WINERY OWNER>という肩書きの名刺を見せれば、誰もが感嘆の声を上げるはずです。「ワイナリーオーナー」といえば、大金持ちに決まっているからです。そこで私の場合は、すかさず自分の名前を英語で紹介します。“ I am a rich man in the treasure village(私は宝の村のリッチマンです)……」と。玉の村の豊かな男。直訳するとそうなりますから、ウソではありません。

昔、ポルシェをもっているクルマ好きの友人が、ポルトガルで現地の人にその話をして、でも大事なポルシェは自宅から離れた車庫にしまってあって、ふだんは安い国産車に乗っている。日曜日にはその車庫まで行ってポルシェを洗うのが楽しみだ……と言ったら、途端に相手からキッパリとこう言われました。「ポルシェに乗る人はポルシェを洗いません」

そうですよね。ポルシェに乗る人はポルシェを洗わない。そんな金持ちは、使用人にクルマを洗わせるのです。自分で洗車するなんて、金持ちのやることではありません。ワイナリーオーナーも同じことで、イタリアのトスカーナ地方に豪華なワイナリーを新築したドイツ人とか、バブルの頃にフランスのシャトーを買った日本人とか、ワイナリーオーナーと聞くと、栽培や醸造は人を雇ってやらせ、自分はときどき訪ねて行ってできたワインを飲む……そういう大金持ちを想像する人が多いのではないでしょうか。

もちろん、イタリアでもフランスでも、ブドウ栽培農家がやっている小さな醸造所の場合は、ワイナリーオーナーは農家の主人です。日本だけでなくいま世界中に増えている、自分で育てたブドウから自分でワインをつくりたい……といって小さなワイナリーを立ち上げる人たちも、たしかに「ワイナリーオーナー」には違いないけれど、実質は農家そのものといってよいでしょう。ワイナリーオーナーという言葉のニュアンスも、最近はだいぶ変わってきたかもしれません。

私は、最初にブドウの樹を植えてから10年間は、ほとんどひとりで栽培をやってきました。その頃は、冗談のつもりで、「ワイナリーオーナー」と英語で書いた名刺をもっていたことがありますが、いまはもう止めました。ヴィラデストワイナリーを立ち上げてからは、栽培も醸造も専門家にまかせ、私は本当に「オーナー」みたいになったからです。本当にオーナーで、でも金持ちどころか借金だらけで首がまわらないようでは、そんな名刺を見せるのは悪い冗談でしかありませんから。

ワイナリーを立ち上げた最初の頃は、ブドウ畑の面積も小さく、できるワインの本数も少なかったので、自分で飲むことはできませんでした。飲もうとすると、それは売りものですから飲まないでください、とスタッフから言われたものです。それが、ここ数年、生産本数も増えてきたので、自分のワインを自分で買って、少しずつ貯めておくことができるようになりました。

きょうは何年のワインを飲もうか……。2009年以前のヴィンテージはほんのわずかしか残っていませんが、2010年以降は、赤も白もそれなりの数のコレクションができました。その中から、あの年はどんな天気だった、こんなことがあった、などと思い出しながら、自分のワイナリーでつくったワインを飲むときは、ようやく「ワイナリーオーナー」になったような、そう、大金持ちとはほど遠くても、「宝の村のリッチマン」になった気分がするものです。