Column[ 読みもの ]

玉村豊男 新連載コラム『ワインのある食卓』

2015年11月23日

第4章 ワインの道具 ――(1) ワイングラス   

ワインは飲んでみたいけど、よく知らないからどうやって飲んだらわからないとか、ワインは難しそうで取っ付きにくいとか、いろいろな理由を挙げてワインを敬遠する人がまだいますが、そういう人のなかには、「ワイングラスを持っていないからワインが飲めない」という人もかなりいるようです。

ワインはワイングラスで飲む。たしかにワイングラスはワインを飲むためにあるグラスですが、別に、それがなければワインは飲めない、というわけではありません。フランス人だって、ふだんはふつうのコップで飲むことがあります。さすがに陶器のカップに入れて飲む人は見たことがありませんが、それだって、シードル(リンゴの発泡酒)を飲むときは陶器のボウルに入れて飲むのが習慣ですから、ワインを同じようにする人も、私が見たことがないだけで、絶対にいないとは限りません。要するに、ワインは何に入れて飲んでもいいのです。

ワイングラスは、ステム(脚)がついていて、透明なガラスのボウル(ワインを入れる部分)は下のほうが丸く、上に行くに従ってすぼんでいます。ステムがついているのは手指の温度をグラスの中のワインに伝えないため、ボウルが上に行くに従ってすぼんでいるのは、注がれたワインの香りがまんなかのほうに集中して立ちのぼるから、といわれています。

ワインの香りは、グラスの内壁に沿って上にのぼり、グラスのまんなかあたりに集中してさらに上方へと漂っていきます。だから、香りをいちばんよく感じるためには鼻の穴をグラスのまんなかの真上に持っていくのがよい、とされていますが、そのためには上から覗くようにして嗅がなければならず、ソムリエが品質チェックのためにやるのならともかく、ふつうの人が食事の席でやる動作ではありません。私たちは、グイッと飲む前にまず香りを楽しむ……という程度に、余裕をもってゆっくり飲めばそれでよいのです。

しかも、そんなふうに大きなグラスにワインを注いで、ちょっと回したりしてから香りを楽しむ……というのは、レストランなどで高級なワインを飲むときの仕草です。いや、グラスをちょっと回す……という仕草も、ふつうの人はやらないほうがいいですね。レストランなら本当に高級なワインはちょうどよい飲み頃になったのをサービスしてくれるので、客がそれ以上ワインを空気に触れさせる必要はないからです。家の中ではなにをやっても構いませんが、いずれにしても「通ぶる」というのは恰好の悪いことです。

ワインは栓を開けてから空気に触れると硬さがほぐれておいしくなる、とか、そのためにグラスを揺するとか、口の中に空気を入れワインと混ぜ合わせてから鼻に抜くとか、そんなことも、私たちは知る必要はありません。そういうことはワインの研究家かサービスのプロにまかせておけばよいことで、私たちは、素直に、ふつうに、飲めばよい。飲んでいるうちにワインが自然に空気に触れていきますから、その味の変化を感じるだけで十分です。

口の開いたふつうのコップだと、たしかに香りは上方のあちこちに四散しますから、集中して嗅ぐことはできません。が、繊細な香りが命……というような特別に高級なワインならともかく、日常に飲むワインなら、それでいっこうに構わないのです。注いですぐに飲めば香りも十分感じられますし、コップで飲む「ふつう飲み」の感覚もまたよいものです。

まずは、コップで飲んでみる。それから、あまり高くないワイングラスを買って、飲んでみる。どちらで飲むかは、それから考えればよいと思います。