Column[ 読みもの ]

『千曲川ワインバレー』MAKING & BACKGROUND

2014年11月17日

『千曲川ワインバレー』MAKING & BACKGROUND ⑥

2014年11月17日

官民ファンド

2013年4月に『千曲川ワインバレー ― 新しい農業への視点』という集英社新書を出版して以来、東御市を中心としたこの地域にブドウ栽培とワイナリー建設をめざしてたくさんの人たちが集まってきていること、そうした新規就農者たちの小規模ワイナリーが集積すれば、日本の農業のありかたも田舎のライフスタイルも変わっていくこと……など私が書いたことに多くの方面から関心が寄せられ、構想について話を聞きたいとか、そういう趣旨ならぜひ協力したいとか、申し出て見える方が多くなりました。

あれは、ちょうどいまから1年ほど前の、6月2日のことでした。

昨年の春に「農林漁業成長産業化支援機構」という長い名前の、国が中心となって一次産業の六次化を支援するファンド(一部民間からの出資もあるので「官民ファンド」と呼ばれる)が設立されたことは私も知っていました。

「千曲川ワインバレー」に小規模ワイナリーを集積させる、という構想も、実は同じような考えを持った人がいて、2年ほど前から実現に向けて計画を練っていたのですが、その人は当時からこのファンドの活用を考えていました。

が、投資ファンドが全体の半分の資金を出してくれるといっても、農業者側も相当の資金を用意しなければならず、そのうえパートナーとして出資してくれる企業を探さなければならないなど、あまりにもハードルが高そうなので、私は端から期待していませんでした。

そして、最初に相談していた人がもろもろの事情で計画から撤退したので、私一人ではとても無理だから、せいぜいヴィラデストの設備を少し増強することくらいしかできないか……と、思っていた矢先のことでした。

昨年6月2日、山梨県と長野県を視察中の「農林漁業成長産業化支援機構」のメンバー数人が、ヴィラデストとその周辺を視察したい、といって見えたのです。

ワインづくりの仕事は、ブドウを栽培して(1次産業)それを加工(醸造)し(2次産業)、できた商品を販売する(3次産業)……という昔からの「6次化産業」なので、ワインの産地をめぐってどこかによい投資先がないか探している、というのです。

あきらめていたファンドの活用が、ひょんなことから目の前に可能性としてあらわれました。

が、その日は、

「千曲川ワインバレー構想は農業の6次化によって地域を発展させるという素晴らしいアイデアなので、ぜひファンドの活用を考えてほしい」

といわれただけで、具体的にはいったいどんなプランを立てればよいのか、実現のためにはどんな手続きを経てどのくらいの資金を調達すればよいのか、ファンドによる投資が認められるにはどんな条件を満たす必要があるのか……など、まったくわかりませんでした。

でも、せっかく声をかけてもらったのだし、ある意味ではこんなにウマイ話もない……と(そのときは本当にそう思いました)、それから何回か東京の支援機構の本社を訪ねて、わからないことをひとつひとつ聞き出していきました。

そして、夏のあいだにプロジェクトの大まかな輪郭を描き、秋になってから、出資者を募るなど具体的な動きをスタートさせたのです。

プロジェクトの始動

その結果、最初の話があってからちょうど1年で、こちらの考えた事業計画がファンドの認定を得て、実現する方向に進むことができたのです。

早いといえば早い進展でしたが、最後のほうではもろもろの分野にわたるさまざまな問題が次々にあらわれて、行き着く先がまったく見えず、ええい、もう、どうにでもなれ、と癇癪を起こしたことが何度もありました。

が、たくさんの人の協力と応援をいただき、もろもろの障碍を乗り越えて、ここまでたどり着くことができました。本当に、ありがとうございます。

結果的には、最初に思ったような「ウマイ話」では決してなく、国のファンドや補助金をもらうことの大変さと、そこから生じる義務と責任の大きさをあらためて感じていますが、いずれにせよここからが本当のスタートなので、しっかり頑張らなければと思っています。

もちろん、ファンドや補助金の審査の過程で私たちが提出した事業計画は厳重にチェックされましたが、実際には、スタートしてみなければわからないことも多いものです。いまはまだ施設の建設中で、ワイナリーとアカデミーの活動がはじまるのは5月のゴールデンウィーク前後になるのものと思われますが、定められた枠組みの中で計画通りに事業を進められるよう、最大限の努力を払わなければなりません。

いずれにしても、新しい産地の誕生を前提にその基盤を用意するという、日本で初めての先駆的な取組みであるだけに、とりわけ新規農家の生産が安定化するまでの4~5年間は、きわめて厳しい経営環境が予想されます。そのため、サポーター会員なども募りながら、みなさまのお力を借りて、少しでも前に進みたいと願っています。

『千曲川ワインバレーMAKING & BACKGROUND』と題した本コラムは、今回をもって終了します。12月からは、『アルカンヴィーニュARC‐EN‐VIGNE にて』と題して、ワイナリーとアカデミーの準備の状況や、ワイングロワーやワインビジネスを巡る地域の情報など、さまざまな話題について、私が考えていることを自由に書きたいと思っています。