Column[ 読みもの ]

『玉さんの信州ワインバレー構想レポート』(KURA連載)

2016年07月25日

玉さんの信州ワインバレー構想レポート(25)

<大町市と高山村……新しいワイナリーが続々と>

今回の信州ワインバレーの旅は、大町市と高山村。昨年の秋から稼動したふたつのニューフェイスと、そのあとに続くフォロワーたちの近況を知るのが目的です。

大町市では、若林政起さんが立ち上げた新しいワイナリー「ノーザンアルプスヴィンヤード」に行きました。前回訪ねたのは、これから基礎工事をはじめるという最初の日。重機がが乾いた土に爪を立てる風景を、遠くのほうから眺めていた記憶があります。

実は、今回は取材お断りということで、訪問は不意の突撃でした。最初にお願いしたときはもちろん大歓迎だったのですが、直前になって電話があり、瓶詰めの器械が故障してしまい徹夜の作業になりそうだから会えない、と泣きが入ったのです。でも、完成した建物はぜひ見たいと押しかけて、外から大きな声で呼びかけても誰も出てこないので、構わず開いていた玄関口から侵入しました。行儀が悪くてスミマセン。

奥のほうで、なにやら音がしています。そこで目の前にあるドアを開けて覗いてみたら……瓶詰め作業の真最中でした。若林さんも、手伝っている安孫子さんも、不躾な侵入者にはまったく気づかず、一心不乱で手を動かし続けています。
「こんにちは。スミマセン、来ちゃいました。今日はなにを詰めているんですか?」「シャルドネです」「今年は何本?」「2400本」「メルローは何本くらいできますか?」「1800本かな」「リリースは?」「7月から9月にかけてですね」「すみません、お邪魔しました」
写真だけ撮らせてもらって、取材はオシマイ。できたばかりのワイナリーには、いろいろなことが起こるものです。後から聞いたところでは、やっぱりその晩は徹夜になったとか。

大町では、矢野喜雄さんの畑も訪ねました。矢野さんは、ココファームなどで約10年のキャリアがある醸造家。自分の畑を求めて、高山村や東御市を探した後、大町市が気に入ってここに決めました。アルプスの懐に抱かれた穏やかな風景が心地よい、標高800メートルにある1.2へクタールの土地に、ピノ、シャルドネ、ソーヴィニョンブランそのほか冷涼な土地に合うドイツ系品種などを2年前に植えました。
「大町市がワイン特区になったら、家族だけでできる小さな規模のワイナリーを建てたいですね」という矢野さんは、いまは奥さんの久江さんといっしょに、4歳の壮達(そうた)君を畑で遊ばせながらブドウの世話をする毎日です。

大町市には、ぜひワイン特区を取ってもらいましょう。手を挙げる人がいなければ行政は動けませんが、特区要件のワイナリーをつくりたい、といって計画書を書いて申し出れば、市町村は申請の手続きを取ってくれるはずです。いまから頼めば、ちょうどよいタイミングで間に合うのではないでしょうか。

県内には、新しいワイナリーが続々とできようとしています。
高山村で昨年の秋から醸造をはじめたカンティーナ・リエゾーは、前回訪ねたときはまだ姿かたちもなく、「あそこら辺につくるつもりです」といって湯本康之さんが指差したワイナリー建設予定地は、自宅からちょっと離れた遠くの斜面でした。が、実際に新しい建物を建てたのは自宅のすぐ隣。そのほうが安上がりに水道が引けるとか、いろいろの理由があったようですが、できてみれば自宅から徒歩30秒のワイナリーは素敵です。奥さんの名前をワイナリーの名前に入れ、男の子たちは貯蔵庫の中で遊ばせる。心温まるファミリービジネスの小規模ワイナリーにふさわしい、20坪あまりの瀟洒な建物ができました。

「化学物質を使いたくなかったので、壁には土に戻る素材を使い、仕上げは国産の焼き杉板。でえきるだけ金属の釘は使わず、構造は木組みで立ち上げました。瓦はいぶし銀の特注で、おカネがないのにこだわった分だけ高くついちゃった……」という湯本さん。去年は免許の取得がシャルドネの収穫に間に合わず、自社醸造はメルローだけ。まだ樽に入っているので、いま売るワインはありません。イタリアで学んだ湯本さんならではの、バルべラのワインが待ち遠しいところです。

高山村では、「信州たかやまワイナリー」の建設が進行中。村のワインぶどう栽培の先駆者である涌井一秋さんと、メルシャンから転身したベテラン醸造家の鷹野栄一さんがタッグを組み、村がバックアップする地域の基盤ワイナリーです。これまで、広い畑がたくさんあり品質のよいワインぶどうができているのにワイナリーがなかった高山村が、満を持して村内でのワイン生産に乗り出します。これで高山村は、千曲川ワインバレー「北地区」の、名実ともに中心として地域を牽引することになるでしょう。

高山村では、福井原でワイナリー建設をめざす長谷光浩さんの畑も見てきました。長谷さんは千曲川ワインアカデミーの1期生ですが、みずから「約束の地」というほど惚れ込んだ福井原に本拠を定めると、あっというまに農地を広げ、すでに4.5ヘクタールを確保。3年間で1万5千本の苗木を植栽しました。標高は平均800メートル。ピノ系の赤白とシャルドネが主力品種です。
長谷さんは東京からのIターンですが、夫婦と子供2人に加えて、ご両親も移住して畑を手伝ってくれているそうです。地元の暮らしに溶け込みながら、昔の仕事仲間も応援に駆けつける。こんなふうにして新しい地域のライフスタイルができていくのはなによりもうれしい限りです。

長谷さんの畑のすぐ上、福井原のいちばん標高の高いところにあるのが、佐藤明夫さんが村で最初に栽培をはじめたピノ・ノワールの畑。そして、そのすぐ脇にあるのが生ハム工房の熟成庫です。佐藤さんは9年前から生ハムづくりを学び、いまでは予約が殺到して年産300本の原木(骨付きモモ肉の大きな塊り)がすぐに売り切れるほどの人気です。
「生ハムはワインと同じで、その土地の自然が持っている力をそのまま表現する食品です。だから熟成庫でも空調を使わず、自然の空気を窓の開閉だけで出し入れして温度を管理しています」という佐藤さん。「いずれは村の家庭でそれぞれの味の生ハムをつくって、野沢菜を食べるように生ハムを食べる村になったら……」と夢を語ってくれました。

大町にも、高山村にも、どんどん新しい波が押し寄せてきています。毎年訪ねるごとに変わっていく風景。新しい人が入ってきたかと思うと、いつのまにか立派な畑ができていて、働く両親のあいだで次代を担う子供たちが遊んでいる……。10年後、20年後にはどうなっているでしょうか。ワインづくりを中心に集まる人びとが、地元の人たちの元気を掘り起こし、日本の農村に新しい景観をつくりだしていく。そんな時代が本当に動き出すありさまを、この目で見ることのできた旅でした。

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奮闘中のノーザンアルプスヴィンヤード若林政起さん

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大町市に新天地を見つけた矢野喜雄さん夫妻

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信州たかやまワイナリー建設中     湯本康之さんのカンティーナ・リエゾー

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福井原で独立した長谷光浩さん       佐藤明夫さんの生ハム工房

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Iターンの川島さん夫妻は期待の星