Column[ 読みもの ]

『玉さんの信州ワインバレー構想レポート』(KURA連載)

2015年07月09日

玉さんの信州ワインバレー構想レポート③

基盤ワイナリーとワインアカデミー

私が拙著『千曲川ワインバレー』(集英社新書)の中で、新しい産地をつくりだすためにいま必要なこと……として繰り返し強調した「基盤ワイナリー」と「ワインアカデミー」の構想が、まずは東御市を皮切りに実現する運びになりました。

新規就農してワインぶどうの栽培をはじめた人たちが、そこに収穫したブドウを持ち込んで醸造できるワイナリーと、そこで実際の経験を重ねると同時に関連するさまざまな知識や技術を学ぶことのできるアカデミー。その両輪が揃うことによってはじめて、集積する小規模ワイナリーを支える態勢ができる、というのが私の考えなのですが、あの本を書いた時点では、いつか誰かがそのような事業をやってくれれば……という淡い願望をもっていたに過ぎませんでした。

が、ひょんなことから出会いと偶然が重なって、私自身が中心になってプロジェクトを動かすことになってしまったのです。その結果、構想に賛同してくれた協力者による出資を中心に、農林漁業成長産業化支援機構(6次化官民ファンド)と地元の金融機関が設立した「信州アグリイノベーションファンド」からの投融資、農水省の「6次化ネットワーク活動交付金」の取得など、公的なファンドや補助金による最大限の資金援助を得て、企画の立案から具体策の実現までおよそ一年、思いのほか早く手続きが進行して、七月からワイナリー施設の建設がはじまりました。

まずは荒れ果てていた荒廃農地を、雑木を伐採し、石を掘り出し、工事ができる状態にまで戻して、地盤を強化するための杭を打ち、仮設の電気を引き水道を付設し……といった作業からスタートしなければならないので、本格的な基礎工事に着手するまでに相当の時間がかかります。それでも、国庫補助事業なので年度内の完成が義務づけられており、最初から予想される厳しい突貫工事がいままさにはじまろうとしている……のが現在の状態です。

施工は住友林業なので、「完成したときは横綱の白鵬が来て木の柱に鉄砲をかまし、壊れなければ竣工検査OKなんだって」……なんていう冗談を言っているうちはよいのですが、はたして来年の三月までに本当に完成するのか、ちょっと不安な気持ちで見守っているところです。

自分のブドウを確保するために

千曲川ワインバレー地域には、いま、自分でブドウを栽培したい、自分で栽培したブドウからワインをつくりたい、と願う人たちが、続々と集まってきています。現在すでに十五人以上が畑を確保してワインぶどうの栽培をはじめており、苗木を植える準備をしている人や、これから農地を手に入れようとしている人を加えると、その数は数十名を優に超えるのではないでしょうか。

中には、植えた苗木が収穫のできる樹齢に達し、そろそろ醸造先を探さなければならないところも出始めています。もちろんそれまでに自前のワイナリーを立ち上げることができれば理想的ですが、資金的なバリアも高く、実現には時間がかかるのがふつうです。

その場合、収穫したブドウを持ち込めばワインにしてくれる……というワイナリーが近くにあれば、そのボトルに自分のラベルを貼り、オリジナルブランドのワインを売り出すことも可能になります。が、既存のワイナリーにはどこもこれ以上委託醸造を引き受ける余裕がなさそうですし、委託するほうもそのためには一本あたり千数百円の委託醸造料を支払い、酒販免許も取らなければならないので、これもそう簡単にできる話ではありません。

となると、できたブドウは、そのまま誰かに売る……ということになってしまいます。いま「日本ワイン」(日本国内の畑で栽培したブドウからつくった純国産ワイン)は人気があり、売れ行きが好調なので、少しでも収穫があればすぐに大手ワインメーカーから買いが入る状況です。だから、最初から生産農家として栽培したブドウを売ることだけが目的ならそれでよいのですが、そのブドウから自分でワインをつくりたいと思っている人は、いったんメーカーと販売契約を結んでしまうと、いつまでも単なる原料提供者に留まってしまうおそれがあるのです。

そのためにも、地域で生産が増えてくるブドウを引き受けて醸造する「基盤ワイナリー」と、その醸造の工程に実際に参加しながら技術が学べる「ワインアカデミー」が、早急に整備されることが望ましいのです。

高山村の場合

同じ千曲川ワインバレーの北地区にある高山村も、同様の問題を抱えています。

高山村は、八年ほど前から大規模にワインぶどうの植栽をおこない、現在、ヴィンヤードの合計面積は二十六ヘクタールに達しています。が、まだ村内にワイナリーがないので、それらのブドウのほとんどは県内外のメーカーに買われてしまう状態が続いているのです。

高山村の場合、遊休荒廃地の再生と高齢化する農家の収入確保を目的としてワインぶどう栽培をはじめたそうなので、その意味からいえば目的は見事に果たしたといえるでしょう。が、高山村産のブドウは各メーカーのプレミアムワインの原料としてその品質を高く評価され、「北信シャルドネ」など世界的に知られるブランドにもなっているのに、「高山村産の原料ブドウ」はあっても「高山村産のワイン」がない、というのでは、ワイン産業が地域にもたらす幅広い経済的な効果を、高山村自身はほとんど享受できないでいる、といってもいいのではないでしょうか。

所期の目的を立派に果たしたいま、高山村がめざす次なるステップは、ワイナリーの建設以外にありません。村内の栽培農家の中には小規模ワイナリーの実現をめざす人たちもおり、行政としてもそうした新規参入者たちに醸造技術などを教える教育的な施設をもつ必要性を認識しているので、おそらくそう遠くないうちに、なんらかのかたちでワイナリーができ、高山村産のワインが登場することになるはずです。

高山村では、既存の二十六ヘクタールのヴィンヤードに加えて、新たに七ヘクタールの新しい農地を用意する計画があると聞きます。これまでの各メーカーとの販売契約は既存の畑によって維持しながら、新しい畑でできるブドウを村内のワイナリーで使おう、という考えだと思います。

私は、これまで高山村産の上質な原料ブドウによってつくる自社ワインによって名声と実利を得てきたメーカーたちが、現状の販売契約と提供量は維持するがこれ以上は増やさない、という合意の上で、高山村のワイナリー構想に協力するのがよいのではないか、と個人的には考えています。醸造技術の教育ができ、次世代の人材を育てることができる高山村の「基盤ワイナリー」と「ワインアカデミー」の設立構想に各メーカーが資金や人材や情報を提供することは、これからできる「高山村産ワイン」の品質を高く保つために必要なことであり、そうして「高山村産ワイン」の品質を高く保つことが、自社の「高山村産原料ブドウ」によるワインの名声を高く保つことにも繋がるのですから。

日本では、長いあいだブドウの生産者とワインのメーカーが別々に存在してきました。その構図が、栽培から醸造までを一貫してやりたいと希望する人たちが大量に登場してきたことで、いま大きく変わろうとしているのです。信州ワインバレーの各地域で「人材養成」がキーワードとして浮上しているのもそのためで、その意味からも高山村の今後の動向が注目されます。

KURA③1

基盤ワイナリーの建設予定地。養蚕業が衰退してから40年以上使われていなかった荒廃地の、石を掘り出し、草を刈って、なんとか工事車両が入れるようにした状態です。2014年7月撮影。

 

(KURA 2014年9月号)