Column[ 読みもの ]

玉村豊男 新連載コラム『ワインのある食卓』

2015年07月01日

第1章  習うより慣れろ(その1)

お酒は、飲みかたを勉強しなければ飲めないものだろうか。ワインについて考えるとき、いつも思い浮かぶ疑問です。

お酒を飲んで美味しいと感じるには、経験が必要なことはたしかです。昨日までお酒は一滴も飲んだことがありません。きょう二十歳になったのでお酒が飲めるようになりました。という若者が、たとえば日本酒を「生まれて初めて」口にするとき、一杯飲んだその瞬間に「旨え……堪らん」といって唸ったとしたら、そりゃ、ちょっとアヤシイですよね。よほど経験を積まないと、そういう言葉は出てこない。

ビールなら苦いといい、ワインなら酸っぱいといい、日本酒なら匂うとか舌に残るとかいう。人は、初めての酒にはなんらかの違和感を覚えるのがふつうです。が、誘われて2回、3回と飲む機会が重なるうちに、しだいにその味に馴染んできて、ワインならワインを飲む習慣が身につくのです。酒を飲むのは「獲得された習慣」である、というのはこの意味です。

それなのに、「ワインは難しいから」とか、「ワインのことは分からないから」といって、最初からワインを敬遠する人が多いのは何故でしょう。外国から訪ねてくるワイン関係者も、「日本人はなんで、まず勉強したがるんだろう」と首を傾げます。“Drink first, study later.”(勉強する前に、飲めばいいのに)。

「ビールの飲み方」とか「日本酒の飲み方」という本はあまりありませんが、「ワインの飲み方」を解説する初心者用の教本は数え切れないほどあります。どの本にも、ワイングラスにはどんなかたちがあるとか、品種の違いを覚えなさいとか、香りの表現はどうのこうのと、うるさいことが書いてある。これでは、ワインに親しむように誘っているのか、それとも誘う振りをして拒否しているのか、よくわからないくらいです。
ワインを知りたいと思うからこういう本を買うのだと思いますが、ワインを知るには、まず、飲むことです。“Drink first, study later.” ここでは、「習うより慣れろ」、と訳しておきましょうか。最初は違和感があるかもしれませんが、まず、飲んでみる。あとのことは、それから考えることにしましょう。

新連載『ワインのある食卓』は、「ワインの飲み方を解説する初心者用の教本」といえばそう言えるかもしれませんが、「飲む前に勉強する」ものではないので、とりあえず、どんなワインでもいいですから、「飲みながら」読んでください。愉しくやりましょう。