Column[ 読みもの ]

玉村豊男ブログ『ワインバレーの未来を考える2018』

2018年01月17日

おいしいワインは誰が決める?

アガトン 目の前のワインがおいしいかどうかを知るには、それを自分で味わう以外の方法はない。自分においしいと感じられれば、おいしいワインであり、おいしいと感じられなければ、そのワインはおいしくないのです。

アリストファネス そして、どんなワインをおいしいと感じるかは、ひとによってばらばらだ。

パウサニアス いいや。おいしいワインというのは、ひとによって違うわけではない。ワインの味がわかっていない者が飲んでみて「おいしい」と言ったからといって、そのワインが本当においしいということにはならないよ。

ソクラテス おいしく感じられるのに、おいしくないワインもあるわけだね。

アガトン ワインの味がわかる人がおいしいと感じれば、本当においしいけれども、そうでない人がおいしいと感じても、本当においしいのではないということですね。しかし、「ワインの味がわかるひと」のあいだで、おいしさの判断はいつも一致するのですか。

……こんなふうにはじまった議論が、いちいち元に戻って論点を整理しながら、えんえんと続いていくので、やっぱり要約はうまくできません。が、「おいしいワインは誰が決めるのか」という命題は、ワインの造りかたもワインの飲み手の受け取りかたもきわめて多様化しているいま、ますます重要な意味を持ってきたように私は感じています。