Column[ 読みもの ]
『玉さんの信州ワインバレー構想レポート』(KURA連載)
2016年06月25日
玉さんの信州ワインバレー構想レポート(24)
<マスター・オブ・ワイン、東御ワイン街道を行く>
マスター・オブ・ワインのジャスパー・モリス氏が来日しました。マスター・オブ・ワイン(MW)というのは、ロンドンに本拠を置くマスター・オブ・ワイン協会が認定するワイン界世界最高峰の資格で、36種類のワインテイスティングと14種類の学科論文の厳しい選考を6年以内に突破した者だけがMW候補者として認められ、候補者は次の3年のあいだに最終論文を仕上げて合格しなければならないという、気の遠くなるような難関を突破した者だけに与えられる資格です。日本では昨年、山梨県のワイン商である大橋健一さんが、日本人で2人目(日本在住の日本人としては初めて)のMWになったことが話題になりました。
ジャスパー・モリスMWは、ブルゴーニュ地方にもう20年近くも住んでいる、オックスフォード大学出身のイギリス人。英国のワイン輸入会社BB&R(ベリー・ブラザーズ&ラット)でブルゴーニュワインの鑑定を担当しており、シャルドネとピノの世界的権威として知られています。最近は進境著しい日本ワインにも関心を寄せているそうで、昨年は北海道を訪問。そのときに案内をつとめたフード&ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんから、今度は長野県を見てもらったらどうだろう、という相談を受け、早速1泊2日で千曲川ワインバレーのワイナリー巡りをしてもらう計画を立てました。
3年前の「ソムリエ世界一」パオロ・バッソさんのときもそうでしたが、その発言がワイン界に大きな影響を与えるような存在が来日するときは、東京や大阪・神戸などで連日セミナーやディナーのミーティングが開かれるのがふつうです。もちろん彼らはそれが仕事なのですが、ワインの専門家がなによりも好きなのはブドウ畑を訪ねることなので、そうした忙しい都会のイベントの合い間に田園風景に接する時間をつくってあげると、とてもよろこんでくれるのです。
バッソさんのときは、たまたま知人から情報の提供を受けたので、うまく休日を利用して長野に来てもらいました。ジャスパー・モリスMWは、将来NAGANO WINE を世界に輸出する可能性を探る意味も含めて、県の新設「日本酒・ワイン振興室」の協力と長野県ワイン大使・鹿取みゆきさんの尽力で、ワイナリー訪問と試飲会のプログラムを組むことができました。
東京から新幹線で来る場合、ワイナリー観光の起点は小諸になります。佐久平駅で下車してクルマに乗り、20分でマンズワイン小諸ワイナリー。見学と試飲の後、東御市布下にある古民家料亭『草如庵』で昼食。素晴らしい料理とロケーションに外国からのゲストはみなさん感激します(こういう店があることは重要ですね)。
昼食後は、マリコ・ヴィンヤードを見てから、リュー・ド・ヴァンと、はすみふぁーむ。すぐ近くの御堂地区では荒廃したジャングルのような土地を30ヘクタールのブドウ畑に変える事業が今年から本格的にはじまりますし、この周辺には新規就農者のブドウ畑がどんどん増えているので、3年後に同じコースをたどればもっと見学時間がかかるに違いありません。
今回も、青木村のファンキーシャトーまでは足を伸ばせませんでしたし、ドメーヌ ナカジマを訪ねる時間もありませんでした。1日目の晩は小諸の中棚荘に泊まり、翌日は須坂市の楠ワイナリー、高山村のブドウ畑、小布施町の小布施ワイナリー、中野市のたかやしろファーム、飯綱町のサンクゼールワイナリーと巡ってフルタイムの強行軍。千曲川ワインバレーの探訪が1泊2日で済まなくなるのは時間の問題でしょう。
アルカンヴィーニュでは、県内のメーカーから、シャルドネを中心にピノとメルローも加えて合計27銘柄のワインを集め、ジャスパー・モリスMWにテイスティングをしてもらいました。
「ピュアでクリーン、フレッシュだが、やや還元的……。酸と果実味のバランスはよいが、やや樽の香りが立ち過ぎか……。抽出が過度でないのがよく、エレガントできれいな余韻がある……」
などなど、英国紳士らしく直接辛辣な批評はしないが、基本的には褒めつつも要所で的確な指摘を交えながら、ひとつひとつに丁寧に、時間をかけてコメントしてくれました。
「長野県はヴィニフェラ系品種の高いポテンシャルを持った産地であり、ワインづくりに関わるみなさんがそれぞれ目指したい方向性をしっかりと持っていて、そのためにするべきことをきちんと理解して取り組んでいるのに感銘を受けた」といって、「とくにシャルドネに関しては、いくつかの作品は世界的なレベルに達している」と評価していただいたのは、うれしい結果でした。
軽井沢駅の北口に、千曲川ワインバレーの玄関口となるポータルサイトができることになりました。軽井沢の駅は2階の改札口から階段を下りて外に出るようになっていますが、建物の1階にはトイレ以外の施設がありません。が、北口のいちばん東側の端に、10年ほど前まで営業していた飲食店の遺構が残っています。ずっと廃墟のようになっていたその店舗を改装して、ワインポータル(インフォメーションセンターを兼ねた、試飲ができるワインショップ)にしようという計画が、街づくりを推進する団体などの力で実現することになりました。
しなの鉄道の田中駅から歩いて5分のところにある、信州うえだ農協の結婚式場『ラ・ヴェリテ』のチャペルとして利用されていた建物が、同じく東御市のワインポータルとして生まれ変わります。こちらは東京で16年間イタリアンの繁盛店を経営していた料理人夫妻が運営を買って出てくれました。こんなふうに、人びとが集まってワインを飲み、地域のワインに親しむ環境ができていくと、ワイナリー観光は大きく動き出すことになるでしょう。
塩尻と松本を結ぶ位置にある片丘にメルシャンのワイナリーができれば、桔梗ヶ原ワインバレーは、松本市、山形村、安曇野市から大町市に至る日本アルプスワインバレーと繋がるでしょう。天竜川ワインバレーはもう少し時間がかかるかもしれませんが、リニアの飯田駅ができる頃には、すっかり様変わりしているに違いありません。
これだけ高い品質のワインをつくっているのだから、長野県はもっと世界中に知られていいはずだ、と、ちょっぴり自信がついたジャスパー・モリスMWの訪問でした。
ジャスパー・モリスMWに英語で解説をする鹿取みゆきさん。ふたりは旧知の間柄だ。
アルカンヴィーニュでの試飲。夕食会では古いヴィンテージのシャルドネをテイスティング。