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千曲川ワインバレー構想

長野県はブドウ栽培とワイン醸造を次世代産業の中核のひとつと位置づけており、「信州ワインバレー構想」の名のもとに県内を4つのブロック(ワインバレー)に分け、それぞれが地域の特徴を生かしてワイン産業の振興をはかる取り組みをおこなっています。

塩尻市の「桔梗ヶ原ワインバレー」、松本から安曇野、大町に至る「日本アルプスワインバレー」、南信州の「天竜川ワインバレー」、東信から北信までを貫く千曲川の流れに沿った「千曲川ワインバレー」がその4つですが、なかでも東御市を中心とした「千曲川ワインバレー東地区」は、8市町村が合同で広域ワイン特区を構成するなど、小規模ワイナリーの集積をめざす先駆的な地域です。

千曲川ワインバレー東地区(広域ワイン特区)

ワイン特区とは、酒税法の定める正規の最低生産量(6000リットル)の3分の1の規模で免許が取れる特別許可区域(構造改革特区)。長野県では2008年に東御市が最初に認定されましたが、2013年に坂城町、2014年に上田市、2015年に小諸市と、隣接する自治体が相次いで特区となったのを契機に、これらに千曲市、立科町、長和町、青木村を加えた8市町村が合体して広域ワイン特区「千曲川ワインバレー東地区」が成立することになりました。これによって、特区要件のひとつである「域内の原料を使用する」という条件にも広域で対応でき、投資や観光の面からも有利な環境がととのうため、小規模ワイナリーの集積によるワイン産地の形成が大きく前進するものと思われます。

ブドウ栽培からはじまるワインづくり

ワインは、畑で栽培したブドウを収穫し、その果実を潰して発酵させ保存しておくという、農家の営みから生まれるお酒です。ワインの生産がいま世界中に拡大して、アジアでも、オセアニアでも、アフリカでも、欧州先進国の銘醸品に劣らない上質なワインが続々と生み出されています。それは農業技術と情報環境の革新がもたらしたものですが、いまワインという農業的なお酒がこれだけ多くの人を惹きつけるのは、現代人にとって土地に根ざした暮らしそのものが魅力的だからでしょう。

日本ではこれまで、外国から輸入した濃縮果汁や原料ワインを使用する工業的なワイン生産が主流でしたが、いま「千曲川ワインバレー」に集まる新規参入者たちは、今も昔も変わらない農業としてのワインづくりを志す、ワイングロワー(ブドウからワインを育てる人)ばかりです。しかも、自分自身のライフスタイルとしてワインづくりの農業を終生の仕事として選ぼうという「ライフスタイラー」がその多くを占めているのも、世界の先端的な潮流に掉さすものといえるでしょう。

小規模ワイナリーの集積

千曲川ワインバレー構想は、小規模ワイナリーの集積というキーワードからスタートしました。大手ワイン会社の巨大な工場を誘致して地域起こしをはかるのではなく、個人で立ち上げた小さなワイナリーがたくさん集まることによって、新しい産地の魅力を生み出そうというのです。

ワインは農業の産物ですから、工業製品と違い、ブドウのできる畑の条件やワインをつくる人の技術や個性によって、1本1本が異なる特徴をもっています。だからワイナリーは同じ地区に多数集まっても排他的な競争にはならず、むしろ集積することが生産適地としての評判を高めるのです。カリフォルニアやオレゴン、またニュージーランドの各地域など、上質なワインができるという評判が立つとあっというまに膨大な数のワイナリーが集積する例は世界各国で見られます。

大規模のビジネスライクなワイナリーと違って、個人の夢をささやかなサイズで実現した小規模ワイナリーは、その創業の決意から実現までの苦労など、簡単には語り尽くせない物語に満ちています。そうした小さな個人ワイナリー(インディーズ・ワイナリー)では、あり余る情熱を注いでつくられたワインそのものが魅力的であるばかりでなく、それらを育てた人や風景のありさまもまたワイナリーめぐりの大きな楽しみとなります。

ワイン産業は裾野が広く、観光や飲食をはじめとしてさまざまな産業に影響をもたらします。小さなワイナリーがあちこちに増えればその周辺にカフェ、ショップ、レストラン、プチホテルなどができ、それらに食材や資材を提供する仕事も活気を帯びるでしょう。そうして地域に多様で個性的な魅力を付加して経済や社会を活性化するのが、小規模ワイナリーの集積がもたらす効果なのです。

シルクからワインへ

長野県の東部を南から北へと流れる日本一の大河、千曲川流域の河岸段丘と扇状地は、日本の近代化を支えた養蚕業の中心地として知られています。雨が少なく日照が多い、風通しのよい乾燥した気候が、蚕の餌となる良質な桑の葉を育てたからです。

大地から拳のように突き出した黒く短い幹。桑の樹とブドウの樹はよく似ていますが、水に乏しく日当たりがよい桑山は、ワインぶどうの栽培にぴったりの条件を備えています。そのため、昭和の高度経済成長期に姿を消した桑の樹のあとにワインぶどうが植えられ、千曲川ワインバレー地域ではワインの生産が急速に増えているのです。

桑の葉を食べた蚕は、体内で美しい糸を紡ぎます。それを艶やかな布に仕立て着るものをつくる仕事。ブドウは、その果粒の中に地下の清水を汲み上げます。それを芳醇なワインに仕立て飲みものをつくる仕事。自然の生き物とかかわりながら日々の暮らしを成り立たせてきた人の歴史がそこにあります。シルクから、ワインへ。シルクが築いたこの地の繁栄を、次の世代がワインで受け継いで未来に繋げます。

アルカンヴィーニュがある場所は、ヴィラデストワイナリーから大田区休養村へ向かう幹線道路沿いで、周辺の土地の多くはまだ荒れたままの農地ですが、これから順次、荒廃農地の再生事業をおこない、数年後にはワイナリーのまわりをブドウ畑が取り囲む風景が実現するはずです。この一帯は、かつては見渡す限りの桑畑だったそうですから、その意味でもアルカンヴィーニュを拠点として展開するプロジェクトは、「シルクからワインへ」を象徴する事業になるでしょう。

千曲川ワインバレーにいま必要なこと

  1. 日本をリードする新しいプレミアムワインの産地としてのアイデンティティーを確立し、地域のブランドイメージとマーケティング戦略の展開をはかること。

    千曲川ワインバレーは、ブドウ栽培からはじめる農業としてのワインづくりを実践し、多様な地質や標高差を利用して個性的なワインを生産する、世界基準の小規模ワイナリーが集積する地域を目指しています。欧州系高級ワインぶどう品種を中心として、価格的には高いが品質のよいプレミアムワインが生産の中心となるため、「千曲川ワインバレー」をブランドとして確立し、それに沿ったマーケティング戦略を展開するには、地域が掲げる理念を明確に発信し、情報と意識の共有をはかることがなによりも大切です。

  2. 地域のワイングロワー(栽培醸造家)の技術向上と優秀な指導者の育成を図り、地域で生産されるワインの品質を維持する取り組みをおこなうこと。

    「千曲川ワインバレー」という名が喚起するイメージを実体として支えるためには、海外産地との交流や提携を積極的に推し進めるなど、世界の最新の技術情報を収集、集積することによって、この地域のワイングロワー(栽培醸造家)の技術向上と優秀な指導者の育成を図ることが必要です。

    警戒すべきことは、新規に参入するワイナリーが許容される品質レベルに達しないワインを生産してそのために「千曲川ワインバレー」全体のイメージが傷つくことであり、また、品質はよくても不適切なマーケティングのためにそのブランドにふさわしい評価を得られないことです。そのようなリスクを回避するためにも、ブランディングとマーケティングを適切におこなうとともに、地域で生産されるワインの品質を維持するための関係者全員の意思統一が求められます。

  3. ワイン産業への投資環境を整備するとともに、地域におけるワインの消費拡大を図る仕組みをつくり、広く多様な裾野にわたって地域経済を活性化する方法論を確立する。

    多額な初期投資を必要とする新規参入を可能にするには、まず日本におけるワインぶどう栽培とワイナリー事業に関する経営的な指標を明確化して、ワイン生産のビジネスモデルを確立する必要があります。また、ワイン産業が地域にもたらす経済効果や社会的影響などを研究して、地域への積極的な投資を誘致する活動も欠かせません。

    またその基盤として、地域住民によるワインへの理解と消費の拡大が必要になります。そのためには地域のワインを積極的に販売する拠点を市の内外に設けるとともに、ワイン教室やワインフェスタ等の各種イベントを、広く地域住民に呼びかけて積極的に開催する必要があります。

    日本ワイン農業研究所「アルカンヴィーニュ」ワイナリーは、工場の見学や資料の閲覧を通してより多くの人に「農業としてのワインづくり」を理解してもらい、日常の食卓でワインを楽しむ人がひとりでも増えるよう、その施設を利用してさまざまな企画を立て、ワインの消費拡大のための販促活動をおこないます。