Column[ 読みもの ]

『玉さんの信州ワインバレー構想レポート』(KURA連載)

2015年09月23日

玉さんの信州ワインバレー構想レポート ⑭

いま NUKAJI が面白い

2008年の東御市を皮切りに、2013年に坂城町、2014年に上田市、2015年に小諸市と相次いでワイン特区の取得が続いた千曲川ワインバレー東地区が、それらの既存の特区に隣接する市町村(千曲市、立科町、長和町、青木村)を加えて、8市町村による広域ワイン特区「千曲川ワインバレー(東地区)」として一体化することが、6月30日付けで正式に認定されました。

ワイン特区の広域化は、小規模ワイナリーの集積にも、投資環境のインフラ整備にも、また観光産業の発展にも役立ち、ワイン産地の形成による地域経済の活性化に向けて大きなインパクトを与えるものです。実際、一筆でくるりと輪郭を描けるこの広域特区の域内では、あちこちで新しい動きが展開しようとしています。その中で、「いま糠地が凄いことになっている」と聞いて、早速行って来ました。

小諸市糠地地区。軽井沢町追分から上田市住吉まで続く眺めのよい広域農道「浅間サンライン」の、東御市との市境に近いあたりを山のほうへ登ったところです。かつては「学生村」(静かな環境で集中して勉強するため夏休みに東京から受験生が集まった)の民宿が並んでいた田園地帯で、私たちも移住先の候補地のひとつとして25年前に訪ねたことがあります。その頃はまだ何もなかった糠地が、いま長野県の新しいワインリゾートとして発展する可能性を秘めた拠点のひとつとして、急速に浮上しようとしています。

サムズ・ガーデン

私たちがまず訪ねたのは、「サム」こと内川進さんが急峻な斜面に切り拓いた『サムズ・ガーデン』。自然の地形と森林を利用しながら、時間と手をかけて育てた草花をいかにも自然に生えているようにさりげなく配置した、本格的なイングリッシュ・ガーデンです。5月から7月にかけての、花の美しい時期だけ一般に公開しており、この日も熱心なファンがたくさん訪れていました。

「こんな庭をつくるのが若い頃からの夢だった」という内川さんは、小諸市内に塾を開く英語の先生。43年前から英語塾をやりながら夢を育み、40歳を過ぎてから「絵になる土地」を探すこと5年、ようやく糠地のこの山にめぐりあい、1400坪の土地を購入して26年前から庭造りをはじめました。

「ほら、指がこんなに曲がっちゃって。それまではチョークしか持ったことがなかったのにね」といって笑う内川さんですが、「最近、やっと思うような庭に近づいてきた」とご満悦の様子。毎晩、塾での指導を終えると山に登ってきて泊まり、朝、庭を眺めながら飲むコーヒーが最高、だそうです。

テール・ド・シエル

サムズ・ガーデンのすぐ隣に、ブドウ畑がありました。株式会社(農業法人)『テール・ド・シエル』を立ち上げた池田岳雄さんのヴィンヤードです。小諸市に住む池田さんは、佐久市内で会社を経営する傍ら、市の協力を得て糠地の2ヵ所に農地を確保し、大勢の仲間たちに手伝ってもらいながら植栽を進めています。

もうひとつのヴィンヤード用地は、ここからさらに登った標高900メートルの水源地の近く。はるか北アルプスから富士山までを遠望する絶景が素晴らしい場所です。定年になったら自然の中で暮らしたい、といって奥さんとふたりで小諸から東御にかけての土地を探していたとき、糠地の山の上まで来たら、目の前の土地から向こうは一面の霧。真っ白な雲の上に浮かぶ土地を見て、ここだ、ここがいい、と決めたとか。『テール・ド・シエル(天空の大地)』という名はそのときに思いついたそうです。

「私はもう60歳を過ぎていますが、子供たちが家族と一緒にやってきて手伝ってくれるので、そのうち後を継いでくれるでしょう。同年代の仲間もいっぱいいますが、とにかくみんなで汗を流して農作業をやるのが楽しい」という池田さんですが、あと数年もすれば自分たちが育てたブドウから造ったワインで乾杯することができるでしょう。

ミュージアムレストラン

ミュージアムレストラン『サンヒルズ小田』は、サムズ・ガーデンから少し下ったところにありました。築地塀を巡らせた和風の豪邸の中に入ると、世界有数のディプレッショングラス(世界恐慌の時代にアメリカでつくられた特殊なアンティークガラス)のコレクションをはじめ、欧米で集めた家具や骨董が所狭しと飾られた、独特の世界に目を奪われます。ご主人の小田孝良さんは、アメリカに25年、ヨーロッパに10年、ビジネスマンとして世界を飛びまわった後、5年前に糠地に移住してきました。

「そろそろ日本に帰ろうか、でも東京に住むのもつまらないナ、と思って、ネットで<田舎暮らし>を検索したら、最初にこの物件が出ていたんですよ。日本でこんなに大きな家はめったにないから、即、これを買おう、って。会社を3日間だけ休んで日本に飛んで来てすぐに決め、アメリカに帰って退社届けを出しました。65歳のときでしたね」

いまレストランの個室として使っている部屋が7つ。ベッドルームが3つ。元は企業の研修施設か何かだったのか、大量のコレクションと大型の家具を置ける家が見つかったことから、それならミュージアムのようなレストランをやろう、と決めたのでした。
「なんでも決断が早いですね」
「だって、躊躇してたって何も生まれないでしょ。帰国してすぐに手続きをして、翌月にはレストランをオープンしたんです。そうしたら、もう忙しくて」

1日20人程度に限定しているものの、連日予約でいっぱい。奥様は裏で調理、ご主人がサービス。広い家だから個室をめぐってワゴンを走らせる“お運びさん”は大忙しだ。
「でも楽しいですよ。みんな楽しんでくださるから。それに、このあたりにどんどんブドウ畑が増えているじゃないですか。なるほど、これからはワインだ、って。そう思って、裏の畑にブドウを植えることにしたんです。待ち切れないから、なんでもいいから余っている苗木を探して注文しました」

いやはや、物凄いエネルギーだ。しかも、前向きで、明るい。これからのシニア(内川さんも小田さんもほぼ私と同年代)は、こうでなくちゃ。

広域ワイン特区の成立を契機に、小諸市はワイン振興に本格的に乗り出したようです。千曲川河畔から標高900メートルの山麓まで、変化に富んだ環境にブドウ畑とワイナリー、レストランやオーベルジュが点在する新しい田園リゾートができれば、軽井沢と千曲川ワインバレーを結ぶ「浅間サンライン“ワイン街道”」の要衝として注目を浴びることでしょう。

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内川進さんは「サムズ・ガーデン」で長年の夢を実現しました。

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家族やボランティア仲間とともに、池田岳雄さんは壮大な計画を進めようとしています。
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才気と決断力に富んだ小田夫妻は、次々と新しい楽しみかたを見つけていきます。