Column[ 読みもの ]

玉村豊男 新連載コラム『ワインのある食卓』

2015年08月17日

第2章 食卓の上の光景(2)――― ポルケッタとサラエボの仔牛

イタリアといえば、もうひとつ、思い出す味があります。これも場所は忘れましたが、ローマとフィレンツェの中間くらいの、やはり田舎でした。田舎の道を歩いていると(おいしいものにはたいていそういうときに巡り合うのですが)、道端に一軒の屋台が出ていました。これもクルミの農家のときと同じ頃の話なので、バンやトラックではなく自転車だったと思うのですが、ひとりで引いて歩いているらしい屋台は木の薄い板を貼り付けた張りぼてのようなもので、道路に面した正面にだけ、茶色に塗られた看板に白い色で、<PORCHETTA> という、踊るような文字が描かれていました。

屋台の台の上に置かれていたのは、仔豚の丸焼きでした。仔豚といってもけっこうのサイズだったような気もするのですが、表面の皮はパリパリに焼けて飴色に輝いており、そこに大きなナイフを入れて、ザクっと切り分けます。堅い皮はかなりの抵抗があるようですが、そこから先はナイフがスッと入って、白いきれいな肉の肌が姿をあらわします。私はその屋台のその日はじめての客だったようで、最初の一切れを買うことができました。

紙に包んで渡された大きな肉片を、私は道路から外れた畑のわきに行って、そこにあった石の上に腰をかけて食べました。パリッと堅い皮。肉汁を含んだ白い身。適度に塩が効いていて、それだけで絶妙な味わいです。後にも先にも、あんなにおいしい仔豚の丸焼きを食べたことはありません。ただ、とても残念だったのは、ワインがなかったことです。もし、あのとき、よく冷えた白ワインがあったら……。ポルケッタ(仔豚の丸焼き)の屋台は、毎週、決まった曜日にその場所に来るようで、私が食べ終わって道路のほうに戻ると、村の人が何人か行列をつくっていました。彼らはそれを家に持ち帰って、白ワインとともに楽しむに違いありません。

同じようなことを、サラエボで経験したことがあります。サラエボはボスニア・ヘルツェゴビナの首都(当時はユーゴスラビア)ですが、ここで出会ったのは仔牛のローストです。街を歩いていると(こんどは街です)、通りの向こうからいい匂いが流れてきました。見ると、角を曲がった先から一筋の白い煙が上がっている。急いでそこへ行くと、大きな仔牛肉の塊を、裏庭のようなところで焼いているではありませんか。肉を焼く焚き火のかわりにはもう行列ができていて、みんな待ちきれない顔をして順番を待っています。

ここでは、大きく切り分けた仔牛の肉を、若いネギといっしょに紙に包んで渡してくれました。アサツキより太く、ふつうのネギよりも細い、白い茎の先がやや膨らんだ、わずかに刺激的な辛みがあるネギでしたが、塩味の仔牛のローストといっしょに食べると、もう、なんともいえないおいしさでした。後にも先にも、あんなにおいしい仔牛の肉を食べたことはありません……が、ただ、とても残念だったのは、このときもワインがなかったことでした。もし、あのとき、よく冷えた白ワインがあったら……。

食卓には、ワインが欠かせません。とくにおいしいものがあるときは、絶対にワインがなくてはならない。品種を選ぶとか銘柄にこだわるなんてことは、どうでもいいのです、とにかくワインでさえあれば……。私は、こうした経験から、いつどこでおいしいものに出会ってもいいよう、旅に出るときはできるだけワインを携行するよう心がけています。