Column[ 読みもの ]
玉村豊男 新連載コラム『ワインのある食卓』
2015年09月24日
第3章 ワインづくりは農家の仕事 ―― (3) ワインは畑の傍らでつくる
畑に生っているブドウを採ってきて潰し、果汁を容器に入れて放置すれば、自然に発酵してブツブツと泡が出てきます。ブドウの果汁に含まれる糖分を、酵母が食べてアルコールと炭酸ガスに分解する。これが発酵という現象ですが、酵母がそこにある糖分をすべて食べ終わると発酵は終了し、酵母は死んで炭酸ガスは消えてしまいます。そのときに残るアルコールを含んだブドウ果汁がワインです。容器の底に溜まった酵母の死骸は、オリ(澱)と呼ばれます。
酵母(イースト)は、自然界のさまざまなところに棲息する菌類の一種で、ブドウを潰せばすぐにその果汁に入り込んで活動をはじめます。天然酵母とか野生酵母とか呼ばれるこれらの働きで、ブドウ果汁は放っておいてもワインになるのです。グルジア(ジョージア)の農家で、台所の土間に埋め込んだ甕でつくっていたワインはこれに近いものですし、いまでも「自然派」と呼ばれる造り手の中には、人間がなにも手を加えなかった昔に戻るべきだとして、自然の営みそのままにワインをくつろうとする人たちがいます。
日本酒は、麹の酵素の働きでデンプンをブドウ糖に変える(糖化)と同時にその糖を酵母が食べてアルコールにする(発酵)……という複雑なつくりかたをするので、知識や技術がないと管理するのが難しい。そのために日本酒では杜氏(とうじ)と呼ばれる専門の技術者集団が必要になるのですが、その点、ワインはただ自然の営みを見守りさえすればよいので、こう言うと醸造家は怒るかもしれませんが、農家でもつくろうと思えばくつれるのです。
フランス語には、ワイナリー(醸造所=ワインをつくる場所)という言葉はありません。私たちがいう「ワイナリー」を意味したいときは、「ヴィニョーブル vignoble (ブドウ畑)」というしかないのです。つまり、ブドウ畑のあるところがワインをつくるところ、というわけです。逆にいえば、ブドウ畑がどこにもなくて、ただワインをつくる工場だけが存在する、ということは、あり得ないことになります。
もちろん、ワインをつくるには、ブドウを潰したり搾ったりする道具や、果汁を入れて発酵させるための容器などを置いておく場所、また、発酵が終わったワインを保存しておく場所が必要です。ふつう私たちは、そのための施設をワイナリー(ワイン工場)と呼ぶのですが、彼らは単に「シェ chais (倉)」とか「シャトー chateau (館)」とか呼ぶだけで、ワインをつくるための施設は、「ブドウ畑に付属した、モノを置くための建物」としか見ていないのです。
要するに、ワインというのは、農家が畑で育てたブドウを、潰して、発酵させ、保存しておいたもの……というのが、フランス人が伝統的にもっている認識なのです。