Column[ 読みもの ]

玉村豊男 新連載コラム『ワインのある食卓』

2015年11月02日

第3章 ワインづくりは農家の仕事 ―― (9)メルローとピノ・ノワール 

最初の畑に植えた苗木は、メルローが7割、シャルドネが3割でした。毎日のように飲む赤ワインをつくりたいと思っていたので、赤をベースにしたのですが、メルローなら粘土質でも大丈夫だろう、と専門家に言われました。もっとも、気温からいってカベルネ・ソーヴィニョンをつくるには標高が高過ぎるので、できる赤といえばメルローくらいしかなかったのです。

ブルゴーニュの赤ワインはすべてピノ・ノワールでつくられますが、ピノは栽培も醸造も難しく日本では成功した人がいないと当時はいわれていました。日本人にはブルゴーニュワインのファンが多く、また、難しいだけに挑戦したいと考える栽培醸造家もいるようですが、私はブルゴーニュへの思い入れがとくにあるわけではなく、赤はどちらかというとボルドーのワインを好むほうなので、最初からピノを植えることは考えていませんでした。

植え付けを指導してくれたマンズワインの技師が、3列だけでもいいからピノを植えてほしいと私に言ったのは、まだ成功事例がない品種を、自社農場よりも標高の高い(ということは早熟のピノによりふさわしいと思われる)私の畑で試したかったからだと思います。が、この3列のピノは、立派に生長して毎年見事なブドウを実らせるようになったのですが、ワインにすると色も香りもよく出ず、しかも毎年この3列からベト病などの病気が出て他の樹にうつるので、結局あきらめて伐ってしまいました。

シャルドネはブルゴーニュの白ワインの品種ですが、こちらは最初から期待されて植えられたわけではありません。メルローは粘土質でもできる、といわれましたが、シャルドネに関しては何のコメントもありませんでした。ただ、日本でもっとも一般的に栽培されているヴィニフェラ種の白であり、他のところでも育っているから無難だろうと、マンズワインの人が奨めたのだと思います。それが結果的に、粘土質の土壌でもよい果実を生み、それによってコンクールで数々の賞を受けるようなワインができたのですから、面白いものですね。

そもそも、私たち夫婦がこの土地に住もうと思ったのは、里山のてっぺんから見える壮大な景色が気に入ったからで、ブドウをつくるために土地を探したわけではありません。ワイン用のブドウを植えることにしたのも単なる思いつきで、土壌のことなどなにも考えていませんでした。だから、私たちが選んだ土地が偶然シャルドネにとってよい土地だったのか、あるいは、シャルドネはどんな土地でもできるのか、ふたつにひとつだと思います。

私のブドウ畑を利用して酒造会社がワインづくりの技術者を養成しようとしていたとき、醸造に関しては麻井宇介さんという先生を、また栽培に関しては三田村雅さんという先生を、コンサルタントとして招きました。ところが、まだ3列だけピノ・ノワールが植わっている私の畑を最初に見たとき、麻井先生は「ピノは伐って全部メルローにしなさい」といい、三田村先生は「メルローを伐って全部ピノにしたほうがいい」といいました。

おふたりとも偉い先生なのですが……ボルドー派とブルゴーニュ派では、まったくいうことが違うんですね。私はその言葉を聞いてから、そうか、それなら自分の好きなようにやればいいのだ、と気が軽くなりました。ワインづくりは農家の仕事。どんなものが出来るかはともかく、農業は自分の思い通りにやらなければツマラナイ、と、私は達観したのでした。