Column[ 読みもの ]

『玉さんの信州ワインバレー構想レポート』(KURA連載)

2015年12月20日

玉さんの信州ワインバレー構想レポート ⑱

収穫をしながら未来を想像する

今年の収穫は大変でした。お盆が来るまでの夏はよく晴れた暑い日ばかりで、ブドウは元気に育ち、まったく病気が出ない健康な状態で、このまま収穫の日を迎える……かと思われましたが、8月の後半からは秋雨前線が居座って連日のように雨が続いたので、ちょうどヴェレゾン(色変わり)を迎える大事な時期に、ブドウの実は十分な太陽の光を浴びることができませんでした。

とくに、収穫期の早いピノ・ノワールにとっては大打撃でした。ピノは毎年9月中に収穫する早生の品種なので、9月上旬の天候が決定的な影響を与えます。夏がよく晴れて十分に暑く、9月に入ると急に朝晩が冷え込んで早い秋が来る……というような気候だと、色づきもよく、糖度も酸も十分な凝縮した果実が得られるのですが、今年の場合は、8月のなかばから低温が続いて、最後の仕上げに重要な太陽がまったくその役割を果たさなかったので、雨に打たれた果実はすっかり病気にやられてしまいました。

収穫の時期は、ピノがいちばん早く、それからシャルドネやソーヴィニョン・ブランなどの白ワイン品種、続いてメルローなどの赤ワイン品種が続きます。だから。ピノはタイミングが悪かったけれども、シャルドネの収穫がはじまる頃には晴天も戻って、もう病気も出ないだろう……と思っていたら、9月後半の晴天続きの数日間に、なんと、これまでほとんど出たことのなかった晩腐(ばんぷ)という病気が一気に広がってしまいました。

晩腐病は、山梨県ではよく知られていましたが、これまで長野県の標高の高い地域では出現しなかったものです。それが近年、県内のあちこちであらわれるようになり、とうとう今年はヴィラデストの畑でも猛威を振るいました。やはり、地球温暖化は着実にブドウ栽培に影響を与えています。

それでも「田沢おらほ村」の小林村長の畑は、なんとか病気の影響を最小限に抑えて、無事、初収穫を迎えました。「田沢おらほ村」というのは、田沢地区の住民の有志が立ち上げた、おらほ(=私たち)の地域を活性化するためにさまざまな活動をするグループですが、そのリーダーである小林茂徳さんが、3年前にシャルドネとメルローの苗木を植えました。ちょうど、ヴィラデストにやって来るお客様のクルマが、坂道を上り切って右にハンドルを切ろうとするところの角の場所。いちばん目立つところにあった空地が、いまでは見事なヴィンヤードになっています。

丹精の甲斐あって、村長の畑には元気なブドウが実りました。シャルドネの一部には病気が出ましたが、たいしたことはありません。痛んだ果粒をひとつひとつ丁寧にハサミの先で取り除き、みんなで丸一日かけて収穫しました。

収穫した村長のブドウは、アルカンヴィーニュで醸造します。シャルドネは、一部はふつうのワインにしますが、1トン近く穫れたので、大半をスパークリングワインにすることにしました。アルカンヴィーニュにはシャンパーニュ方式で本格的なスパークリングワインをつくるための設備を用意したので、それを使った初めてのチャレンジです。どんなものができるか楽しみですが、4、5年のあいだ長期熟成をしたほうがおいしいので、飲めるまでには少し時間がかかりそうです。

ヴィラデストの収穫も、多くのボランティアのみなさんの協力を得て、ほぼ予定通りに終えることができました。房の中に隠れている病果をひとつひとつ取り除きながらの収穫で、手間はかかりましたが、病気になった房の残った果粒にはポリフェノールが多く含まれるもので、かえって今年のヴィンテージはおいしいワインになるかもしれません。

10月3日の「東御の日」には、長野県のワイン大使を務めてくださっている鹿取みゆきさんの講演が、東御市の公民館で開催されました。「日本ワインの母」と呼ぶ人もいる鹿取さんは、日本中のワイナリーをくまなく取材しているジャーナリストですが、最新の情報をわかりやすい図表にまとめて、日本におけるワイン生産の現状を詳細に解説してくれました。先進県である山梨を抑えて長野県と北海道でブドウ栽培者とワイナリーが急ピッチで増えていること、長野県でも塩尻ではまだアメリカ系品種の栽培が多いが、東御市を中心とした千曲川ワインバレーでは、西欧系のヴィニフェラ種を栽培する新規就農者がほとんであることなど、これからのワイン産業の方向性を示唆する興味深い内容でした。

日本国内で栽培されたブドウを100パーセント使って醸造したワインだけを「日本ワイン」と呼び、これまでは海外原料を使っても「国産ワイン」と呼ぶことが許されてきた法律が変わること、これからは、その土地に根ざした農産物であるワインにとって、産地の特徴を表現して土地との関わりをいっそう明らかにすることが大切であること、など、昨今の日本ワインを取り巻く環境の大きな変化についても話がありました。

2015年の日本は、いろいろな意味で大きな転換点を迎えた年でした。これからの日本の政治や経済のありかたを変えていく、その意味では間違いなく画期的な法律の採択や経済協定の締結交渉など、どちらの方向に転ぶにせよ、10年後、20年後の日本はどうなっているのか、誰もが強い関心を抱かないわけにはいかない出来事のあった年でした。私は、雨に祟られたブドウの果実を収穫しながら、この年のヴィンテージのワインを、20年後……は生きていないかもしれないので、もし生きていたら10年後、どんな思いで飲むのだろう、と想像していました。

ワインにとっては、10年や20年はたいして長い時間ではありません。10年後、20年後、日本ワインは、NAGANO WINE は、どうなっているでしょうか。長野県に、千曲川ワインバレーに、ワイナリーはどのくらい集積しているでしょうか。私たちのまわりで、もっともっと、おいしいワインができているでしょうか。

信州ワインバレー構想も、スタートしてから丸3年が経とうとしています。この3年間で、NAGANO WINE が本格的にブレークするための準備はできたと思いますが、大切なのはこれからの2年間でしょう。ワインづくりは自然とのつきあいですから、その年によってブドウの出来が違うのは面白みのひとつですが、大きな未来を手にするためには、ワインを飲む人も造る人も、いっしょになって同じ方向を見ることが大切だと思います。ワインの未来を想像することほど、楽しいことはありませんから。

ようやく収穫の日を迎えてご満悦の小林村長

ようやく収穫の日を迎えてご満悦の小林村長

鹿取みゆきさんの講演も大好評でした

鹿取みゆきさんの講演も大好評でした

テントの下でヴィラデストのワイナリー祭り。

テントの下でヴィラデストのワイナリー祭り。