Column[ 読みもの ]

『千曲川ワインバレー』MAKING & BACKGROUND

2014年11月03日

『千曲川ワインバレー』MAKING & BACKGROUND ⑤

2014年11月03日

基盤ワイナリーの必要性

多くの新規参入者がそれぞれのやりかたで土地を確保してブドウを植え、みんなが自分でワインをつくることを夢見ている……そういう地域に小規模ワイナリーの集積による新しい産地をつくるには、いったいなにが必要とされているか。

まず、すでに栽培をはじめている、なかにはもう収穫もできるようになった新規就農者の畑がたくさんあるので、それらのブドウをワインにする、基盤となるワイナリーが必要です。

いま、日本における酒類の販売で、唯一前年比プラスの成績を上げているのがワインです。ビールも日本酒も焼酎もおしなべて売上高が減少する中、ワインだけが少しずつではありますが数字を伸ばしています。なかでも「日本ワイン」と呼ばれる、日本産の原料ブドウを100パーセント用いて日本国内で醸造したワインは人気が高く、メーカーによっては前年比120~150パーセントの成績を残しているところもあるそうです。

そのため、これまでは「国産ワイン」と称して外国から輸入したワインや濃縮果汁を混和したワインをつくっていたメーカーも、本格的に「日本ワイン」に参入しはじめました。そうした背景から、国も「(外国産原料を混和した)国産ワイン」と「(100パーセント国内産の)日本ワイン」の区別を明確にしようという動きを見せており、遅ればせながら日本にもいよいよ世界基準のワインづくりが定着しそうなのはよろこばしい限りです。

しかし、「日本ワイン」の市場に参入するためには、原料ブドウを調達しなければなりません。だから、いま大手メーカーを中心に、いま栽培されているワイン用のブドウ、それもできればヴィニフェラ種(カベルネ、メルロー、シャルドネなどを含む西欧系ワイン専用品種)のブドウを買い付けようと、日本中で躍起になって生産者を探しているのです。

千曲川ワインバレー周辺に集まってきている新規参入者たちは、自分でワインをつくりたいと思ってブドウを育てているのですが、苗木を植えてから何年か経って、収穫ができるようになり、でもそのときにまだ自分のワイナリーができていなければ、そのブドウを誰かに買ってもらうことで収入を確保しなければなりません。そこへ、もし、大手メーカーから好条件で買い取りの声がかかったら……。

いったん契約してブドウを売ってしまうと、それを再び取り戻すことは非常に難しいのが現状です。そのために、上質なブドウはできたけれども、それを自分でワインにすることはできず、いつまでも単なる生産農家として大手メーカーに出荷するだけ……という例は、各地で枚挙に暇がありません。

私たちが考える基盤ワイナリーの役割は、そうした夢をもつ人びとが育てたブドウを引き受けて醸造し、その過程でブドウ栽培とワイン醸造について彼らに実地に学んでもらいながら、一日も早く彼らが独立するように促すことなのです。

そうやって何年か栽培と醸造を繰り返していくうちに彼らは十分な知識と技術を身につけ、そこで資金を調達できれば、独立して自前のワイナリーをもつことができる、というわけです。

いわば、基盤ワイナリーはそれぞれが自分の足で歩き出すまでの「ゆりかご」の役割を果たすのです。

東御市の場合、既存のワイナリー各社はそれぞれに設備の拡充を試みていますが、これから増えていく生産量に対応するには不十分なので、新規就農者からの委託醸造の要望に応えるには、少なくとも年産3~5万本程度の規模の新しいワイナリーを立ち上げる必要があるでしょう。

アカデミーという考え

千曲川ワインバレーにいま必要とされているのは、カーブドッチ方式の「弟子入り」による少人数教育でもなく、またブルース・ガットラブ流の「助産所」型インキュベーションワイナリーとも違う、基盤ワイナリーを中心に多くの人たちに情報を与え、共有し、発信していく、「アカデミー」のようなシステムづくりではないか、というのが私の到達した結論でした。

そう考えて、私は拙著『千曲川ワインバレー』の中で、まずは地域の中心となる基盤ワイナリーを立ち上げ、そこにアカデミーを併設して、みんなが集まって勉強する場所がつくりたい、と書いたのです。

さらに、私の理想を語ろうと、こんなことも書きました。

「そこではもちろん栽培や醸造の技術、あるいはワイナリーの経営や自立の方法などについて学ぶ講座が中心となりますが、そのほかに、ワインの歴史や農業の意味を知り、ワインのある食卓の楽しみかたを手ほどきする、一般の人を対象にした講座があってもよいでしょう。

また、ワイナリーの集積によるワイン産業の発展がいかに地域の観光や経済に寄与するかを諸外国の実例から学ぶ<ワイン観光経済学>の講座も設けたいと思います。そうすれば、この地域に投資を考えている企業にとっては有益な情報を共有することができるでしょう。

このようなアカデミーができると、そこを中心に人材や情報が集まってその地域のワイン産業をブレークに導くことは、すでに外国のいくつかの地域で実証されています。」(第6章「千曲川ワインアカデミー」p147~148)

……しかし、そうは書きましたが、もちろんそれを自分でやるつもりはなく、誰かそういうことをやってくれないか、志のある企業か投資家が立ち上がってくれないだろうか、この本を読んでその気になってくれる人があらわれるとよいのだが……と思っていたのです。

だから「あとがき」にも、

「おそらく今後数年以内に、民間資本が参加してもっと本格的な教育機関が立ち上がり、官民協働のワイナリー集積システムがスタートするのではないかと期待しています。」

と書き加えたのでした。

ところが、世の中はどう転ぶかわからないものです。

この本を書いたときは、まさか、この膨大な費用のかかる大事業を、自分がまた死ぬほどの借金をして引き受けることになろうとは、まったく考えてもいませんでした……。