Column[ 読みもの ]

『玉さんの信州ワインバレー構想レポート』(KURA連載)

2015年09月09日

玉さんの信州ワインバレー構想レポート⑫

開店はしたけれど……アルカンヴィーニュは静かな初夏

ゴールデンウィークが過ぎました。花と新緑が一気に里山を彩る、一年でいちばん美しい季節の到来です。好天に恵まれて、ヴィラデストのカフェとガーデンは連日の大賑わいでした。が、さて、アルカンヴィーニュのほうは……
「全然、人が来ないね……」
「さっき、クルマが入って来そうになったんだけど、また行っちゃった」
連休にはいっぱい人が来るだろうと、なんとか頑張って4月24日にオープンしたのですが、アルカンヴィーニュは閑散としたまま。ときどき知り合いが訪ねてくるのと、県や市や農水省からの視察がやってくるくらいで、一般の入場客はほとんどいません。
「新しい建物ができたけど、なにをやっているところか、わからないのかな」
「<OPEN>と書いた紙を入口に貼ったんですけど……」
「なにがオープンしたと思われているんだろう?」

これではいけないと、新しいワイナリーができたこと、ワインの試飲と工場の見学ができること、赤と白のワインのテイスティングセット(各30cc)が500円であること、追加の試飲は一杯200円からできること……などを急遽プリントしてチラシをつくり、ヴィラデストの店内のあちこちに置いてもらいました。

6月から始まる「玉さんワイン塾」や「ビジネスサロン講座」の案内ポスターも、いたるところにペタペタ貼りました。まずはヴィラデストのお客様に足を伸ばしてもらうことが、兄弟ワイナリーであるアルカンヴィーニュの集客の第一歩だからです。そのおかげで、連休の後半には、ヴィラデストを訪ねる前後に立ち寄ってくれるお客様が増えました。それに、地元の新聞で紹介された記事を読んで、下から歩いてきました、という東御市在住の若い人も。少しずつでいいから、こういうお客様が増えてくるとうれしいですね。

店内の飾りつけは、突貫工事でやりました。ワインセラーにワインを置き、書棚に本を並べ、壁面には、ブドウの栽培からワインの醸造まで、その過程がわかるように大きな写真と文章で説明した展示パネルをとりつけました。じっくりと読んでもらえると面白いはずなんだけど……。

特製バーテーブル

展示パネルを取り付けたのは、オープンの前日でした。この日は夕方に、フランスで買った古い小型醸造機械も搬入されました。12年前、ヴィラデストワイナリーのオープン直前ですが、私は小西といっしょに、シードルの本場として名高い、フランス西北部のブルターニュ地方に旅しました。そこでいくつかのシードル工場を訪ねたのですが、そのうちの一軒に、昔ながらのやりかたで手づくりシードルを造っている農家がありました。私たちはそこでいろいろ教えてもらい、その結果、ヴィラデストではそこで使っていた旧式の機械そっくりのリンゴ搾り機を青森の鉄工所につくってもらうことにしたのですが、農家に話を聞いているとき、納屋の奥のほうに赤い小さな機械があるのを見つけたのです。

「……あれは、リンゴの破砕機と、ワインにも使えるプレス機だよ。デモンストレーション用の機械だけど、あんまり使わないから、欲しけりゃ売ってもいいよ」というわけで、10万円で買って、同じくらいの送料をかけて日本まで送ってもらいました。その後、箱根の美術館に展示したこともありましたが、ヴィラデストでは置くところがなく、ここ数年は倉庫の中で埃を被り、そのうちに木部は虫に喰われてボロボロになってしまいました。が、私は、ずっと前から、この破砕機とプレス機にガラスの天板を嵌めて、立ち飲み用のスタンドテーブルにしたいと考えていたので、アルカンヴィーニュでは絶対に実現しようと、建物を設計する前から考えていたのです。

が、この破砕機とプレス機を改造したバーテーブルも、知り合いの大工さんに修理と加工をお願いして、開店前日に出来上がってきたので数人がかりで設置したのですが、入ってくるお客様はほとんど興味を示さない。どうやらこちらも空振りだったようですね。しかたなく、私だけ、毎日テイスティングセットを500円で買って、このテーブルで立ち飲みしています。

アロマベルと空き缶ビール

それから、アロマベル、というのもありますよ。これは、小西がニュージーランドのワイナリーで見て、面白いからうちでもやろう、ということになったものです。ソムリエ試験を受ける人などがトレーニング用に使う、何十種類かのアロマ(ワインに含まれる香り)を、小さな香水瓶のような容器に入れたものが市販されていますが、その小瓶の蓋を開けて上からガラス製のベル(釣鐘型の蓋)をかぶせておくと、ベルの中にアロマが充満し、ベルを取って鼻を近づけるとその香りがする……という仕掛けです。中に入っているアロマが何かを伏せておけば、ひとつひとつ香りを聞いては何かを当てる、面白いゲームになります。全問正解者には、ワインを一杯サービスすることにしました。

フランス語で虹のことを「アルカンシエルARC-EN-CIEL」(空にかかるアーチ)といいますが、その「空CIEL」を「ブドウVIGNE」に代えて、「アルカンヴィーニュARC-EN-VIGNE」(ブドウが繋ぐ人のアーチ)……というのがこのワイナリーの命名の由来ですが、はたしてその名にふさわしく、アルカンヴィーニュは多くの人たちが集う場所になるでしょうか。
「ヴィラデストも覚えにくいけど、アルカンヴィーニュも難しいね」
「うん。空き缶ビール、って覚えればいいんだよ」
先日のお披露目会では、そんな会話が交わされていました。来週からは、いよいよ千曲川ワインアカデミーの開講です。静かな初夏の終りには、アルカンヴィーニュがおおぜいのお客様で賑わっていることを願っています。

KURA⑫1KURA⑫2

 

 

 

 

 

 

破砕機とプレス機を改造したバーテーブルと、展示パネルの前に置いてあるアロマベルです。

(KURA 2015年6月号)