Column[ 読みもの ]
日本のワインのこれからを考える 2019
2017年02月17日
NAGANO WINE
例年、ワイナリーがヒマなこの時期には、各地でワイン祭りなどのイベントがおこなわれます。長野県関連では、2月12日に東京・帝国ホテルで「NAGANO WINE FES in Tokyo」が、翌日の13日には千曲市で「千曲川ワインバレーに恋するワイン会in千曲」が開かれました。また12日には、日本ピノノワール実行委員会が主催する「第一回日本ワイン ピノ・ノワールサミット」という、生産者や醸造家のトークセッションと「1000本以上の日本ワインを楽しめる試飲会&即売会」が東京でおこなわれたそうです。
私は、帝国ホテルの「長野ワインフェス」に行ってきました。これは県が主催する、県内のワインメーカーがほぼ全部顔を揃える「NAGANO WINE」最大のイベントで、帝国ホテルを会場にしておこなわれるのは今年で3回目。大宴会場「光の間」を借り切って、1時半からと5時からの2部に分けてそれぞれ300人の定員ですが、1人7000円のチケットはあっという間に売り切れました。ピノ・ノワールサミットのワイン会も300人の定員がすぐに埋まり、千曲市のイベントでも120人収容の会場が満杯になったそうで、日本ワインの人気の高さを偲ばせます。中には、三つのイベントのうち二つを掛け持ちした、という日本ワインファンもいたようです。
日本ワインという言葉も、少しは知られてきたようですが、まだまだ市民権を得たとはいえません。日本ワインのイベントに顔を出すと、どこかで見たような顔がすぐ見つかります。こういう会にはかならず参加するという固定ファンがいるのはありがたいことですが、常連ばかりが集まるのでは広がりがありません。今年の帝国ホテルでは、毎年参加する常連さんのほかに、はじめて来た、という日本ワイン初心者の方も相当いらしたので、少しは裾野が広がってきたのかな、と思いました。こういうイベントをもっと増やして、日本ワインや長野ワインの存在とその品質を知った人が、次々と新しい人たちをイベントに誘ってくれるといいですね。
帝国ホテルのワインフェスでは、29のブースが設けられました。県内にあるワイナリーの総数は現在33に達しているので、その大半が参加しているように見えますが、実は既存のワイナリーでもフェスには参加しない(という方針の)ワイナリーもあり、また、免許を取って仕込んだばかりでまだ販売するワインができていない、とか、ワインはできているがもう売り切れてしまって出すものがない、というワイナリーもあります。そうかと思うと、まだ自分のワイナリーはできていないが、自分で育てたブドウを委託醸造してオリジナルのラベルを貼って売っている、という「ワイナリー未満」の栽培者もブースを持ち、また、ブドウは長野県産だがワインの醸造は他県、という大手メーカーも参加しています。29のブースのうち、県産ブドウを県内で醸造しているワイナリー(免許事業者)は、20社くらいではないかと思います。
29というブースの数は、会場の広さから考えると、もうこれ以上は増やせないという限界に近い数のようです。これから毎年のように新しいワイナリーが増え、「ワイナリー未満」の栽培者ももっと増えるであろうことを考えると、いずれは会場に収まらなくなるでしょう。いや、いずれどころか、早ければ来年に、遅くても再来年には、飽和状態に達することはほぼ確実です。帝国ホテルという舞台で県単位のワインフェスが開かれるのは素晴らしいことで、ぜひ来年以降も恒例として続けてほしいものですが、そのためには、なんらかの基準をつくって参加ワイナリーの数を制限する必要が出てくるでしょう。
NAGANO WINE という呼称は、2013年に県が「信州ワインバレー構想」を発表するとき、長野県産のワインを総称する言葉として選んだものです。2012年に同構想の大枠を決めるために発足した研究会では、私もメンバーとして加わりましたが、県産ワインの呼びかたについては議論が二分されました。「長野ワイン」がよいという人たちと、「信州ワイン」にするべきだという人たちです。「長野派」は、冬季オリンピックの開催地の中でも「長野」の地名は歴代ベストテンに入る知名度を誇っており、ワインというものが持つ国際性や将来の海外進出を考えれば、英語で表記されたときに「NAGANO」となるほうが訴求力が高い、と主張しました。これに対して「信州派」は、「長野」というと「長野市」のイメージが先に立つが、「信州」といえば全県を含むので誤解が生じない、という理由で、おもに松本市と塩尻市のメンバーが強く主張しました。
オーストラリアではシドニーとメルボルンがことあるごとに主導権争いをするように、長野県における長野と松本のライバル意識は、明治時代の廃藩置県以来の根深いものです。いまの若い人たちはもうあまり気にしていないようですが、一定の年齢以上の松本市民には「信州ならよいが長野は許せない」という人たちがまだまだ多いらしく、この問題はことあるごとに顔を出すのです。その結果、県産ワインの呼びかたも、銀座のブランドショップの名前も、「長野」とか「ナガノ」とか日本語で表記するのではなく(英語ならまだよいと「信州派」が認めたので)、英語で「NAGANO」と表記することになったのです。
タイでは、国名など行政上の名称だけでなく、一般的に使われる名称の場合もたいがいは「タイThai/Thailand 」ですが、郷愁や情緒的なイメージを求めるときには「シャム(サイアム)Siam 」という古い王国の呼びかたが使われることがあります。会社やホテル、ショッピングセンターの名前などでも見かけますが、「長野(NAGANO)」と「信州(SHINSYU)」の関係も、明治時代の思い出がなくなれば、Thai とSiam の使い分けに準じるものとなるでしょう。
話が横道に逸れたので元に戻しますが、長野県は長野県産のワインのことを「NAGANO WINE」と呼ぶことに決めたものの、まだ「NAGANO WINE」の定義を明確に示していません。原産地呼称管理制度の官能審査に合格したものが「NAGANO WINE」であることはたしかですが、それ以外の、品質を担保する検査がなされていないワインも「玉石混交」のまますべてを含めてそう呼んでいいのか、また、品質はよくても県産のブドウを県外で醸造したものは?
国税庁が定めた新しい表示基準によれば、ワインボトルの表のラベルに特定の地名が記されている場合は、原料ブドウの産地も、そのワインの醸造地も、表記の地名の範囲でおこなわれなければならない、ということになっています。もし表のラベルに「NAGANO WINE」と書いたら、ブドウが長野県産であることはもちろん、醸造地も長野県内でなければならないのです。県産ワインの総称はラベルの表記とは違いますが、地理的表示の内容に正確さが求められるようになった以上、長野県はそろそろ「NAGANO WINE」の輪郭を決める必要があるでしょう。