Column[ 読みもの ]

日本のワインのこれからを考える 2019

2017年02月10日

ワイン・ペアリング

日本酒の世界もどんどん進化しています。意欲的な若い醸造家たちがさまざまなチャレンジを試み、従来のイメージを一新した作品が生みだされるようになりました。私は実際に飲んでその動きをフォローしているわけではないのですが、食や酒の専門誌を眺めていると毎月のように最新のレポートがあり、日本酒の世界にもようやく新しい芽吹きが訪れたのだと感慨を覚えます。

面白いのは、そういう新しい日本酒を評価するとき、「ワインのようだ」という言葉が一種の誉め言葉になっていることです。ワインのように香り高い、ワインのような優雅な味わい……そんなふうに言ったら日本酒の醸造家は気分を害するのではないか、と思うほどですが、そのような表現がごくふつうに受け入れられるほど、日本酒の世界とワインの世界が近づいてきた、ということなのでしょう。

きた産業のメールマガジン226号(1月30日)に、面白い記事が載っていました。きた産業は酒瓶や王冠の製造から醸造機器の輸入など酒類業界に関連する幅広い活動で知られる100年企業ですが、社長の喜多常夫氏が執筆する海外事情の報告にはいつも啓発させられます。今回はチェコの首都プラハの「ちょっと高級なレストラン」で、「ワイン・ペアリング・ディナー」を楽しんだときの話。6皿の料理のそれぞれに6杯のワインを合わせてサービスするもので、最近は日本のレストランでもときどき見かけますが、喜多さんがおどろいたのは、6皿目のデザートのときに「スモークの羊チーズ・アルニカ・パスタ」というのを選んだら、ペアリングはワインでなく、なんとクラフトビールだったことです。

出てきたブランドは「マテュシュカPIVO MATUSKA」というチェコでも有名なつくり手によるクラフトビールで、チーズのデザートにとてもよく合ったそうですが、「ワイン・ペアリングにしてビールも登場」という意外な展開に喜多さんは感心したのです。チェコは「一人当たりビール消費量」が圧倒的世界1位の国で、人口は日本の10分の1以下なのにクラフトビール醸造所は日本と同じ300軒くらいある国だから、なるほどビールも出すべきだと思った……と喜多さんは感想を述べていますが、その店のメニューには、アルコールがダメな人向きに「ジュース・ペアリング」のコースもあったそうです。

フランスでも、ドイツとの国境に近いアルザス地方は、冷涼な気候のためリースリングやゲビュルツトラミネールなどの白ワインは素晴らしいものができますが、赤ワインをつくるには少し気候が寒過ぎるので、高級レストランのワインリストにある赤はたいがいボルドーなど他地域のものばかりです。フランスとドイツの国境線はちょうど「ワイン文化」と「ビール文化」の境界線でもあるので、アルザス地方はフランスにおける一大ビール産地でもあります。そのため、高級フランス料理店でも、食前にビールを飲み、それから白ワインで料理を食べ、最後にまたビールで締める、というお客さんも多いようで、私もストラスブール(アルザス地方の首府)のフランス料理店で、ソムリエからそう奨められた経験があります。

たしかにフランス料理は、食前にヴェルモットなどの酒精強化ワイン(またはシャンパーニュ)を食前酒として飲み、食事中は白と赤のワインを飲み、食後にはコニャックなどワインからつくる蒸留酒を食後酒として飲む……という、ワインとその仲間の酒でフルコースを伴奏するシステムがつくられていますが、それは赤白のワインがともにできるフランスの中心部で生まれたもので、地域によってはいかようにも変奏が可能……と考えれば、新しい世界が広がってきます。

もともとフランスのレストランで食前酒にウィスキーのソーダ割りを飲む人は珍しくありませんし、最近は食後酒として日本ウィスキーが大人気だそうです。ビールやウィスキーがワインの世界に入っていくなら、日本酒が割り込んでどこが悪いでしょうか。

「ワインのような日本酒」というのは本当に増えています。甘さ一辺倒だった日本酒に酸味のアクセントが加わり、さらに香りの要素が強調されるようになれば、ワインに近づいていくのは当然の道筋でしょう。酵母の研究も進んで、アルコール度数が低くてもおいしい日本酒ができるようにもなりました。その一方で、ワインのアルコール度数はどんどん上がってきました。地球温暖化の影響で世界中でブドウの糖度が高くなったからです(糖が酵母の働きでアルコールに変わるので、ブドウの糖度が高ければその分だけワインのアルコール度数は上がります)。

これまでは、ワインのアルコール度数といえば 12パーセントが標準だったのに、カリフォルニアやオーストラリアなどの赤ワインには 15パーセントのものがふつうにありますし、冷涼なはずのニュージーランドの白ワインですら 13.5パーセントにまで達しているのですから、ワインの味わいそのものも、ワインを飲んだときの酔いかたも、気がつかないうちに変わってきているのです。以前は「日本酒は強過ぎるから、食前酒ならいいが食中酒には向かない」といわれたものですが、いまではフルコースの伴奏が途中で白ワインから日本酒に変わっても、おどろかない人が増えたのではないでしょうか。すでに一部の先端的な店ではそうしているところもあるそうですが、これから「ワイン・ペアリング」をやろうとする日本のフランス料理店では、ぜひ日本酒も仲間に入れてほしいものです。