Column[ 読みもの ]

日本のワインのこれからを考える 2019

2017年01月28日

荒廃農地

新しいヴィンヤードは、荒廃農地を再生してつくられるケースがほとんどです。東御市の場合はとくに、標高の差に応じて畑をゾーニングする政策が取られており、標高の低い地域(といっても500~600メートル)では伝統的な名産品である生食用ブドウの栽培が優先されるので、ワインぶどうはもっと標高の高いところ(700~900メートル)にある荒廃農地を利用して栽培することが推奨されています。

養蚕が盛んだった時代には、最大の換金作物であったクワの畑がギリギリの高地にまでつくられていましたが、昭和40年を境に日本が工業化による経済成長に向けて舵を切ると「6次化農業」である養蚕製糸業は壊滅し、クワ畑はそのまま放置されました。このあたりではさらに標高の高い地域に牧場があるので、一部は牧草地として現在も使われており、また花豆など冷涼な気候を好む作物を栽培する農家も散見しますが、かつての桑園の大半は荒れたままになっています。

東御市だけでなく、ワインぶどうの栽培を荒廃地対策として導入しようと考えている自治体は全国に増えています。実際、温暖化傾向の中、冷涼で寒暖差が大きい高標高の荒廃地はワインぶどうの栽培に好適な条件を備えているので、里山の森との境界線のギリギリまで、これからもヴィンヤードが増えていくことでしょう。

山際まで畑をつくって人間のテリトリーを回復することは、人の手が入らなくなったことによる里山の荒廃、そのために増え続ける獣害に待ったをかける、有効な手段となります。人間のテリトリーが後退したために山と里の区別が曖昧になり、クマやシカやイノシシが人里まで下りてくるようになったのです。いま日本で森林の面積が増え続けているのは、かつての耕地が放置されて樹木に覆われるようになったことの影響が大きく、決してよろこべることではありません。

ヴィラデストも山際にまでブドウ畑をつくっていますが、年々、獣害が増えています。神出鬼没のハクビシンはもちろん、シカが自宅の庭にまでやってくるようになりましたし、イノシシはあらゆる畑を掘り返しています。昔から裏山に住んでいるクマの家族はまだブドウ畑にはあらわれませんが、人里に近い場所での目撃談が増えているので、私も森の中をウォーキングするのを控えています。そろそろ、ヴィンヤードの周囲に防護柵を張り巡らせる必要がありそうです。

新しく開墾するヴィンヤードには、多くの動物たちが侵入します。そこはもともと彼らの通り道だったからです。ヴィラデストのいちばん上(東端)のブドウ畑はアカシアの林を切り拓いてつくりましたが、もともとは農地でした。私たちが最初にこの土地を見たときは、もっと上のほうにも野菜畑がありましたし、現在のカフェの下から広がるブドウ畑も、横(南側)には段々畑が山の下のほうへと続いていました。いまではそれらの畑はすべて山林化しています。

畑作を放棄するとまずアカシアが侵出し、次いで実生のマツがあちこちに生え(ヴィラデストのある里山はもともとアカマツの森でした。昔はマツタケが採れたそうです)、10年もしないうちに完全な森になってしまいます。周囲の地域でも同じようなことが起こっていて、そのために動物たちのテリトリーがじわじわと広がってきたのでしょう。

人間が中山間地の農業を復活させて自分たちのテリトリーの輪郭線をはっきりと描けば、獣道もしだいに山の中にまで退いていくはずです。松喰い虫にやられたマツと死んだマツの陰で十分に生長できない広葉樹がひょろひょろと生えている可哀想な森に手を入れて生き返らせ、昔のように森に入ってキノコや山菜や薪を採る生活が復活すれば、荒れたままに放置されていた里山は生命力を回復し、動物たちも自分たちのテリトリーの中で安心して暮らせるようになるでしょう。