Column[ 読みもの ]
日本のワインのこれからを考える 2019
2017年04月28日
ポルトガルの審査会
昨年の4月、私はポルトガルの国際ワインコンテストで審査員をつとめました。ポルトガル北部のヴィーニョ・ヴェルデ地方(首府はポルト)で、当地のワイン協会の記念行事があり、海外からの特別審査員として招待されたのです。私は、ワインは飲む一方で、官能審査ができるほどのテイスティング能力はないのですが、昔からのポルトガル・ファンでもあり、とくにこの地域にはワインを飲むために何度も旅行したことがあるので、よろこんで参加させてもらいました。
ヴィーニョ・ヴェルデは直訳すれば「緑のワイン」、すなわち「若いワイン」という意味で、もともとは新酒をフレッシュな状態で楽しむものですが、近年めざましい進化を遂げ、在来品種による伝統的な微発泡ワインだけでなく、最新技術を駆使した高級スティルワインをつくるメーカーも増え、海外への輸出量も飛躍的に伸びています。その動きを推進してきたヴィーニョ・ヴェルデ地方のワイン協会による「ベスト・オブ・ヴィーニョ・ヴェルデ」というコンテストが催され、その中に、海外からの招待メンバーによる国際審査というイベントがあったのです。
毎年開催されるこの大会は、国内の審査員によるランク付けがおこなわれる重要なコンテストですが、昨年はちょうど30周年だかに当る記念の年で、外国からの招待審査員による人気投票(?)のような国際審査がおこなわれる、ということのようでした。国際審査員は9ヵ国から9人。その大半は経験豊かなジャーナリストやソムリエなど。MW(マスター・オブ・ワイン)の称号を持つ女性もいて、日本代表の私だけがちょっと(どころか相当)レベルが落ちる……感じでしたが、この経験は私にとって非常に貴重なものでした。
約1週間、ヴィーニョ・ヴェルデ地方のワイナリーを巡る旅をしながら、各所で試飲と食事(昼も夜もフルコース)、それからポルトに戻って官能審査会をおこない、最後の晩は豪勢な会場を借り切ってのギャラ・ディナー(お祭りの饗宴)。充実した内容で、とくに最後の晩の大宴会は派手なものでした。ヴィーニョ・ヴェルデのワイン協会は、原則として加盟するワイナリーとその関連企業からの会費と協賛金で運営されているようですが、ポルトガル政府やEU政府からの補助金もだいぶ出ているらしく、会長はやり手の政治家だと聞きました。
感心したのは、官能審査会の方法と会場でした。ワイン協会はポルト市内の古い建物(小さいが見事な歴史的建造物)を一棟まるごと使っていて、その中に、常時官能審査ができるテイスティングルームをもっているのです。その部屋には20ほどのブースがあって、ひとつのブースは、三方を仕切り板に囲まれた、ちょうど人ひとりが座れるスペースです。椅子に座ると、目の前のデスクにパソコンが置いてあり、モニターの画面にはテイスティングシートが映し出されています。パソコンの左側にはステンレス製の吐器があるので、口に含んで味を見たワインはその小さな洗面器のようなものの中に吐き出せばよいのです。その吐器はデスクに組み込まれており、配管は各ブースの下で繋がっていて、下水に直結しているようでした。
三方を目隠しされたそのブースの椅子に座ると、正面の仕切り板だけが、頭のちょっと上のところで切れていて、そこに幅10センチくらいの横板が渡してあります。その横板の上に、テイスティング開始の合図とともに、一度に5杯のグラスが置かれます。係員が、ブースの外側からグラスを置いていくのです。審査員は5つのグラスを取ってデスクの上に置き、テイスティングを開始します。グラスに記されている番号と、モニターの中のテイスティングシートに記されている番号を確認しながら、審査員はパソコンのキーボードを使ってそれぞれに点数をつけていき、テイスティングが終わったグラスだけ、頭の上の横板に戻していきます。グラスの中にワインが残っていようといまいと、横板の上に戻したものは係員が片付け、そうして最初の5杯を全部片付け終わると、次の5杯がまた横板の上に置かれるのです。こうして順番に、5杯ずつテイスティングを繰り返していく。
パソコンの操作がわからなかったり、なにか疑問があるときは、手を上げれば(上げた手は仕切り板の上に出るので)それを見つけた専門の係員が椅子の背後までやってきて、ブースを覗き込みながら教えてくれますが、それ以外は、グラスを配る係員の手しか見えない、完全に密閉されたテイスティング環境が確保されています。私はテイスティングをしながら、こんな設備が日本にもあったらいいのになぁ、と、そんなことばかり考えていました。