Column[ 読みもの ]
日本のワインのこれからを考える 2019
2018年04月24日
原産地呼称管理制度
長野県の原産地呼称管理制度は、田中康夫氏が県知事になったときに、ソムリエの田崎真也氏と私に、県産農産物のPRに協力してくれないか、と相談があったことからはじまりました。県産の物品をPRするには、それが本当に県内で生産されているのか、誰がどんな方法でつくっているのか、まずそのあたりを明らかにすることからスタートしなければなりません。3者が集まったとき、とにかく原産地呼称管理制度が必要だ、という認識は共通していました。
田中康夫知事からは、「長野県の食品を全部食べてもらって、評価してもらわないと困ります」と言われましたが、これは要するに、その食品がたしかに県内で生産されている、という証明があるだけでは不十分で、品質的にも、「これが長野県の産品ですよ」と言って自信をもって差し出せるものでばければならない、そのためには客観的な官能審査(その品質を実際に味わって評価する食味審査)が必要である、という考えを示した言葉です。
もちろん「全部食べる」のは無理な話ですし、官能審査の前の段階でも、たとえば「信州そば」とか「野沢菜」とかについて、いちいちその原料の産地まで探って調査するとなると膨大な仕事量が必要になり、人件費だけで制度がパンクしてしまいます。その点、酒類は税務署による管理が徹底していて、生産から販売まですべての記録が書類に残される仕組みになっているので、新たな調査をおこなわなくても全容が把握できるのです。
だから、認定品目はます酒類からはじめよう、しかも、原産地呼称管理制度と聞いてすぐに思い浮かぶのはフランスのワインに関する仕組み(AOC)なので、古い歴史があるフランスの制度をお手本にして、長野県もワインと日本酒からスタートしよう、ということになったのです。そして、その後15年間、さまざまな食品をこの制度に組み込もうと何度も試みましたが、どれもうまくいかず、結局、現在も認定の対象となっているのは「ワインとシードル」、「日本酒と焼酎」、そして同じく国による統制が続いてきたため書類による審査が容易な「米」、という、わずかな品目に限られています。
原産地呼称の認定には、官能審査が必要です。ワインの官能審査については、田崎さんがシステムを考え、審査員を集めて、制度の基礎をつくってくれました。審査員には、「この人たちが判定するのなら仕方がない」と誰もが納得するような、日本のワイン界の中枢にいる大御所たちと、日本を代表して世界のコンクールに出場するようなトップソムリエが揃いましたが、これも「ソムリエ世界一(1995年)」のカリスマの威光でした。自社のワインを誰かに判定される、ということに抵抗感を抱いたメーカーもある中で、そんな声を吹き飛ばして、日本で初めての本格的な原産地呼称管理制度が長野県に定着したのは、ひとえに田崎さんのおかげだと私は思っています。
しかし、制度発足以来、15年。その間に日本ワインを取り巻く状況も大きく変わり、最初のときからお願いしている官能審査員の中には高齢者も増えました。当初は、できるだけ速やかに、長野県内で官能審査ができる人材を養成する、という目標を掲げていたのですが、これも実現しないまま、制度も審査員も古くなってきた……と言ってもよい(かな?)のではないでしょうか。
今年還暦を迎えた田崎真也氏からは、官能審査委員長を引退したいとの申し出がありました。長野県も、これを契機に、原産地呼称管理制度から地理的表示制度への移行を視野に入れながら、新しい官能審査のシステムを構築しなければなりません。