Column[ 読みもの ]
『玉さんの信州ワインバレー構想レポート』(KURA連載)
2015年07月22日
玉さんの信州ワインバレー構想レポート⑤
日本アルプスワインバレー
日本アルプスワインバレーと名づけられた地域は、塩尻市(桔梗ヶ原ワインバレー)の北側からはじまる、至近距離から眺める日本アルプスの山容が圧倒的な景観をかたちづくる一帯です。
この地域の南部には、すでに四社のワイナリーがあります。松本市の「山辺ワイナリー」と「大和葡萄酒 四賀ワイナリー」、安曇野市の「あずみアップル スイス村ワイナリー」と「安曇野ワイナリー」です。が、桔梗ヶ原ワインバレーに隣接する地域にあるこれらの既存各社に加えて、いま大町では新しいワイナリーが建設中で、さらに新規参入希望者も移住してきています。また、松本市の西では山形村がワイン特区を取ってワイナリー建設をめざしていますし、大町市の東では池田町も名乗りを上げそうです。
このワインバレーには、もともとワインぶどう栽培をおこなってきた地域が多く、そうしたところが自分でワインを醸造しようと動きはじめたのです。この調子で行くと、松本周辺からスタートした日本アルプスワインバレーは、大町を軸に東は池田町から生坂村へ、北は小川村から白馬村へと伸びる、千曲川ワインバレーに匹敵する広大な面積に拡大する可能性がありそうです。
今回は、まず安曇野ワイナリーを訪ね、それから大町に行って若林さんのヴィンヤードを見せてもらうことにしました。若林さんはすでに委託醸造で「ノーザンアルプスヴィンヤード」というブランドのワインをつくっており、これから自分のワイナリーを建設して自家醸造をはじめようとしているところです。
安曇野ワイナリーの再生
安曇野ワイナリーは、私にとって十余年ぶりの訪問になります。以前訪ねたときは、犬飼さんというオーナーが、ひとりで走りまわるにはあまりに広い施設の中をほとんどひとりで走りまわりながら、「村おこし事業」としてニンジンやカボチャやキウイなどのワインを全国の町村から委託されてつくったり、行政と協力して地ビール工場とレストランをつくったり、地元の牛乳でヨーグルトをつくったりしていました。もとは地元の農家が集まってつくった会社で、多くの社員を抱えて手広くやっていたのですが、犬飼さんは思いついたことはなんでもすぐにやらなければ気の済まない愉快な老人で、どうやら湧き出すアイデアに実際の経営がついていかないようでした。
結局、ワイナリーは一代で潰え、樫山工業がその経営を受け継いだのが、いまから七年前のこと。
きちんとした経営がワイナリーを支えるようになってから、安曇野ワイナリーのイメージは一新しました。瀟洒な建物の前にはよく手入れされたブドウ畑が広がり、この日も試飲コーナーは次々にやってくる観光客で賑わっていました。ワインの質も向上し、2012年ヴィンテージのメルローは、今年の国産ワインコンクールで金賞に輝きました。
「すっかり、きれいなワイナリーになりましたね」総支配人の小林龍義さんに私がそう声をかけると、「ようやくここまで来た……というところですね」といって、経営を受け継いだ当初の苦労話を聞かせてくれました。施設の改造、契約農家との交渉、自社畑の整備など、解決すべき問題が山積していたのだといいます。「その意味でメルローの金賞受賞はうれしかったですが、これからが本当のスタートだと思っています」
安曇野の伸びやかな風景の中で、生まれ変わった新しいワイナリーが、いままさに始動しようとしています。これから自社畑のブドウがさらに質を上げてくれば、安曇野ワイナリーは日本アルプスワインバレーの中心的な存在となっていくに違いありません。
大町にも新たな胎動が
北へ伸びる日本アルプスワインバレーの先端は、大町のノーザンアルプスヴィンヤードです。若林政起さんは四十歳。七年前からワインぶどうの栽培をはじめ、スイス村ワイナリーで醸造を学んで、これから自分のワイナリーを立ち上げるところです。私たちが訪ねたときは、ちょうど工場用地の掘削を開始したところ。建物は年度内に完成し、来年の秋までには免許を取得して醸造を開始する予定です。
政起さんの従兄弟である英司さんは有名なソムリエで、感化されて最初はソムリエになりたいとも思ったが、いっしょにワインを飲んでいるうちに、自分はつくり手になろうと決心したといいます。英司さんから高級なフランスワインを飲まされて、おまえならこのくらいのワインができる、と励まされたのがきっかけ……という伝説(?)もありますが、いずれは兄弟ふたりでこの地にフランス料理店を構え、自分のワインを飲んでもらうのが夢だそうです。
畑の土地を見せてもらうと、砂と砂利が混じったさらさらの土でした。この一帯はかつて河原だったそうで、その扇状地の一角がブドウ畑になっているのです。なるほど、これなら水はけがよさそうで、ワインぶどうの栽培にぴったりです。
実は、安曇野ワイナリーを訪ねた晩、私たちは白馬のラ・ネージュ東館に宿を取りました。そこで、シェフソムリエの吉田浩之さんに、ノーザンアルプスヴィンヤードのラベルが貼られた若林さんのメルローとシャルドネを飲ませてもらったのです。
大町は標高七百メートル台で、しかも雪深いイメージがあるから寒冷な地域だとばかり思っていたのですが、シャルドネは南国で育ったトロピカルフルーツのような香りと濃密さが印象的、メルローにも太陽をたっぷり浴びた力強さがみなぎっていて、まったく予想を裏切られました。
ワインには、土地の個性があらわれます。豊科のスイス村ワイナリーはソーヴィニョン・ブランで名を上げましたが、安曇野ワイナリーはメルローで基盤を築き、ノーザンアルプスヴィンヤードはさらに違った個性で注目されることになるでしょう。
日本アルプスワインバレーは、面積が広大なだけに、全体を支えるアイデンティティーがどこにあるのか、つかみどころのない印象を持っていたのですが、これだけの役者が揃ってくると将来が楽しみです。「ここにワイナリーをつくって、人が来てくれるかなあ。黒部ダムへ行く観光客に立ち寄ってもらえるといいんだけど」と、若林さんは心配そうでしたが、一生懸命ブドウを育て、心を込めておいしいワインをつくる人たちがこれからも増えていけば、黙っていてもたくさんの人が訪ねてくるはずです。近い将来、大町は「NAGANO WINE」の新しい拠点のひとつとして、存在感を増していくのではないでしょうか。
(KURA 2014年11月号)