Column[ 読みもの ]

日本のワインのこれからを考える 2019

2017年02月08日

信州地酒で乾杯の日

このあいだ、テレビをつけたまま台所で料理の支度をしていたら、突然、阿部知事の声が流れてきたのでびっくりしました。思わず振り向いて画面を見たときはすでに遅く、声といっしょに知事の顔も出ていたのかどうかは確認できませんでしたが、長野県の関係者に確認したところそれは「信州地酒で乾杯の日」のテレビCMで、農協がスポンサーになっているのだそうです。

知事がテレビCMに出演した例としては、最近では「龍角散」のコマーシャルに登場した秋田県の佐竹知事が有名です。「龍角散」はもともと秋田藩主の喘息を治すために藩医が秘伝の生薬を調合したものとされますが、株式会社「龍角散」は県内の企業ではなく(選挙民ではないので利益供与には当たらない)、秋田県内の休耕田を活用して原料となる生薬の栽培をはじめたことから秋田県のPRにもなると判断しての出演だそうです。案の定、知事が民間企業のCMに出演するのは如何なものか、と議会で追求されたそうですが、佐竹知事本人が秋田藩主佐竹氏の末裔であり、コマーシャルの中でも「佐竹の殿様」として登場しているのですから、どうにも文句のつけようがありません。ちなみにギャラは撮影の日の昼食に出た弁当1個だったとか。

阿部知事の場合、スポンサーは民間企業ではなく、しかも長野県の記念日のコマーシャルですから、もちろん何の問題もないでしょう。それよりも、知事まで駆り出してテレビコマーシャルを打つという、長野県の大胆な戦略が注目されます。

「信州地酒で乾杯の日」は、毎月8日。昨年の12月8日からスタートしたので、きょうが3回目になりますが、ここでいう「地酒」とは、ビールもワインも焼酎も含めた「長野県内でつくられるお酒」全般を指しており、また、なぜ8日かといえば8という数字は小さなマルをふたつ合わせたかたちなので、お猪口やグラスで乾杯をするときの光景(上から見れば8の字に見える)にちなんだもの、だそうです。

この記念日は、長野県とその関連業界団体が制定して、日本記念日協会による認定を受けて全国に発表されるものです。協会認定の正式な記念日とするには登録料が必要ですが、メディアで取り上げてもらう機会が増えるので、いろいろな業界がPRのために利用しています。朝のテレビ番組の中で、きょうはナントカの日です……と紹介されるのを見た人も多いと思います。今回は一昨年の12月に県議会で「乾杯条例」(正式名は「信州の地酒普及促進・乾杯条例」)が採択・施行されたことに呼応して、記念日を設けることになったようです。

きょうは、おそらく県内でさまざまなイベントが開かれるでしょうから、夕方のテレビのニュースで報道があると思います。そのとき私が気になるのは、アナウンサーはこの記念日の名前をどう読むのか、ということです。「信州」で区切って、信州「地酒で乾杯の日」と読むのか。それとも「信州」と「地酒」をひとまとまりに発音して、「信州地酒」で乾杯の日、と読むのか。

一般的には前者の可能性が高いと思いますが、そう読めばこの日は、地酒で乾杯をする信州の行事、という意味になり、県外の人がとくに関心を抱くことはないでしょう。後者のように「信州地酒」で乾杯の日、と読めば、県外でもその日だけ長野県産のお酒(信州地酒)を取り揃えて勧めてくれる居酒屋があるかもしれませんし、県から東京などのホテルやレストランに働きかけて県産食材のPRを兼ねた「信州地酒」フェアをやってもらう場合にも使えると思います。が、どちらの読みかたをしてもこの名称は「内向き」なので、少なくとも全国ネットの番組が取り上げることはないでしょう(もちろん知事出演のCMは県内ローカルのテレビ局です)。

そもそも「乾杯条例」は、地産地消による県内の関連業界(酒造・飲食等)の振興を目的とするもの、とされていますから、「乾杯の日」も最初から県外へのPRは狙っていないのかもしれません。もちろん、お酒もまずは「地産地消」をめざす必要があり、とくにワインは県内の人にもっと飲んでもらいたいと思いますが、私などは「それなら、わざわざ登録料を払って全国区の記念日にする必要はなかったのでは?」と思います。県内だけの記念日として周知させ、業界に補助金を出してイベントを支援すれば、それで十分に盛り上がるでしょう。私はケチなので、もし記念日協会に登録料を払って全国にPRしようとするなら、もっと「外向き」の記念日にしなければもったいない……と考えてしまいます。

ところで、「信州地酒で乾杯の日」を全国的な記念日とすることで、長野県にそういう記念日があることが全国に知られ、「信州地酒」という名前がPRできたとして、「信州地酒」あるいは「地酒で乾杯」と聞いたとき、地酒という言葉から思い浮かべるお酒はなんでしょうか……おそらく多くの人がイメージするのは日本酒だろうと思います。たしかに「地酒」は英語に訳せば「ローカルワイン」かもしれませんが、日本語で「地酒」と聞いて、すぐにワインを思い浮かべる人はほとんどいないでしょう。

日本酒に関しては、いうまでもなく長野県は有数の酒どころで(酒蔵の数では新潟に次いで全国2位)、品質が高い割に全国的に知られていないといわれており、たしかにもっとPRすることが必要だと思います。が、今回の記念日を制定する話は、もともと「NAGANOワインの日」をつくろうと私が日本記念日協会と相談していて、そのことを県庁でおこなわれたマスコミ公開の懇談会の席で知事に提案したものなので、それがいつのまにか「地酒で乾杯……」になってしまったのは、ちょっと残念な気がしないでもありません。

もし日本酒もいっしょにやろうというのなら、ワインと日本酒でそれぞれ別の記念日をつくったらどうでしょうか。「NAGANOワインの日」と、日本酒は「信州銘酒の日」か「信州名水名酒の日」(山岳県長野は水のよさが自慢なので)。そのほうが、それぞれの名前を全国に知ってもらう(そして実際に飲んでもらう)という意味で、少しは「外向き」な記念日になったのではないでしょうか。

もっとも、そうなるとこんどは「信州クラフトビールの日」も「信州シードルの日」も「信州焼酎の日」もつくりたくなって、収拾がつかなくなるかもしれませんね。まあ、すでに決まったことをとやかく言ってもはじまらないので、これらの酒類のすべてを総称する役割を担わされることになった「地酒」という古い言葉に、どうしたら新しい時代にふさわしい定義を与えることができるか、そのあたりのことを考えていかなくてはならないと思います。