Column[ 読みもの ]

日本のワインのこれからを考える 2019

2018年02月22日

ジャックダニエル

毎日かならず夕食のときはワインを飲むが、最近は、夜寝る前にウィスキーのソーダ割りを飲むようになった。ダブルで1杯か2杯のつもりだが、ボトルが2週間と保たないところを見ると、もう少し飲んでいるのかもしれない。

新しいウィスキーを買いに、町にある酒のディスカウントショップに行ってみた。これから「関酒店」ができたとき、最大のライバルになる店である。多少の頑張りでは価格的に対抗することは難しいだろうが、どんなラインナップなのか、なかば調査する目で店内を歩いてみた。

ウィスキー売場で、ジャックダニエルの1リットル瓶がたくさん積んであった。懐かしい銘柄だ。昔は高価過ぎて手が出なかったが、いまでは相当安く買える。ほかのウィスキーもみんな、私が若い頃とは比較にならないほど安くなっている。うれしくなって、ジャックダニエルのほかに、スコッチのブレンドとシングルモルトも1本ずつ買ってしまった。これで、当面は寝酒のストックが確保できたことになる。

ジャックダニエルというウィスキーを知ったのは、20代の中頃のことだった。フランスから帰ってきて通訳やガイドのアルバイトをしていた頃、仕事で知りあった先輩に教えてもらったのだ。先輩といっても私よりはるかに年上で、その頃すでに60歳は過ぎていただろう、無位無官なのに外務省に顔パスで入れるという、政界のフィクサーのような役割をしていたらしい不思議な人だった。その先輩が、あるとき帝国ホテルのオールド・インペリアル・バーに私を連れて行って、「玉村君、ジャックダニエルって知ってる?」といって私にご馳走してくれたのだ。

その先輩からは、いろいろなことを教わった。目上の人への挨拶や接しかた、宴席での作法や心付けの配りかた・・・・・・いまでは無用になった知識も少なくないが、しっかり心に刻まれて、役に立っている教えもある。なかでも、酒の飲みかたについてはいろいろな場面で教わった。いまの若い人たちにも、酒の飲みかたを教えてくれる先輩がいるだろうか。

その頃は、レストランへ行けばワインはあったが、バーでワインを飲む人はいなかった。私の場合、ワインを飲むことを教わったのは、パリに留学してからのことだ。教わった、というより、カフェやビストロで巷のフランス人が毎日あたりまえのようにワインを飲んでいるのを見て、それに倣って飲みはじめた、というだけのことである。

だから、「教わった」のは、「ワインは毎日飲むものである」、「食事のときにワインは欠かせない」という2大原則(?)で、ワインの銘柄がどうだの、ヴィンテージがどうだの、ということにはいっさい興味が向かなかった。もちろん知り合ったフランス人と食卓を囲んでワインを飲む機会も多かったが、食卓でワインに関する薀蓄話が繰り広げられたという記憶はまったくない。

私は「ワインを楽しむ」ことは教わったが、「ワインを学ぶ」機会はなかった、ということだろう。大多数のフランス人は、「ワインを学ぶ」ことはしないのがふつうなのだ。それでも、毎日のようにワインを飲んでいれば多少の知識は身につくようになるし、好きなワインと嫌いなワイン(自分でおカネを出しては買わないワイン)の違いは、おのずとわかるようになるものである。