Column[ 読みもの ]

日本のワインのこれからを考える 2019

2020年02月14日

マスター・オブ・ワイン

数年前、マスター・オブ・ワインの英国人ジャスパー・モリス氏が来日したとき、千曲川ワインバレーのワインをテイスティングしてもらったことがあります。マスター・オブ・ワインというのはワイン界における最高の称号で、いわば専門家中の専門家、その道の権威と自他ともに認める存在です。そのマスター・オブ・ワインが、私たちが造ったワインをどう評価するか。アルカンヴィーニュの講義室に関係者一同が集まって、固唾を飲んでジャスパー・モリス氏の反応を見守りました。

結果としては、テイスティングしてもらったワインは、どれもおおむね好評でした。この地域で生産されるワインの品質は、マスター・オブ・ワインのお墨付きをもらった、というわけですが、中に一点、自然派ワインがありました。ドメーヌ・ナカジマの中島さんが造ったワインです。

最初、ジャスパーは香りをたしかめて、ちょっと首を傾げました。その後も、テイスティングしながら何度も「わからない」という表情をしています。隣にいた私が、なにか疑問があるのかと聞くと、「このワインを造ったのは誰か。会場にいたら話をしたい」と言うので、立ち会っていた中島さんを呼んで紹介しました。ジャスパーは中島さんに、「どういう考えでこのワインを造ったのか」と問い、しばらく説明を受けていましたが、うん、うんと頷いて納得したようで、「よく分かった。そういう考えで造ったのなら、これはとてもよいワインだ」と言って、中島さんと肩を組み、笑顔で写真を撮りました。

最初は、中島さんの自然派ワインに、異質なものを感じたのでしょう。が、造り手のしっかりした考えを聞いて、このワインの特徴は瑕疵による病気ではない、造り手が引き出した自然の個性なのだ、と理解したのです。私は、自然派ワインだからといって最初から排除しない、目の前の作品に誠実に向き合おうとするジャスパーの姿勢に、深い感銘を受けました。