Column[ 読みもの ]

玉村豊男ブログ『ワインバレーを見渡して2017』

2017年03月28日

官能審査委員

原産地呼称、あるいは地理的表示(特定の地名を農産品の原産地として名乗り表示すること)には、官能審査(その農産品が特定の原産地名を名乗るにふさわしい品質を備えているかどうかを実際に試飲試食して確かめる審査)が必要になります。2003年にスタートした長野県の原産地呼称管理制度では、まずワインと日本酒の官能審査がおこなわれました。

官能審査(官能検査または官能評価ともいう)は、一般の食品メーカーでも随時おこなわれているもので、社員の中から特別に感覚の鋭敏な者を選んで審査(検査)にあたらせることが多いようです。入社のとき全員に官能テスト(部屋の中にかすかな香り成分を流してそれを当てさせるなど)をして、成績のよいものを検査要員とする、という会社もあります。

ドイツではこれが制度化されていて、ドイツ食品協会(DLG)という独立した機関が、あらゆる分野の食品検査のために、専門の訓練を受けた官能審査委員(エキスパート)による審査を実施しています。協会のホームページによれば、「官能審査には、職業として定期的に食品の官能審査判定に携わり、そのため現行の専門知識を要する、学術界と製造部門のエキスパートが投入される」とあり、「専門家はいずれも、追加的にDLGによる定期的な官能審査の訓練を受け、DLG官能審査認証を取得している」ということです。

日本にはまだこのようなシステムがなく、原産地呼称管理のための官能審査というのも前例がなかったので、フランスのワインの認証制度に詳しい田崎真也氏のアドバイスによって官能審査委員会のメンバーが選ばれました。その結果、長野県原産地呼称管理制度(NAC)のワイン部門の官能審査委員には、日本を代表するソムリエの諸氏を中心に、ワイン界の重鎮やご意見番など、日本のワイン界に身を置く者なら誰でもその名前を聞くだけで「ははーッ」とひれ伏すような、有名な方々が名を連ねることになりました。

この人選には、日本で初めての制度に権威をもたせることでワインメーカーの協力を得ようという、長野県の考えも反映されていたのでしょう。実際、メーカーの中には、原料や製造の方法に条件をつけた上に官能審査で合否を決めるというやりかたに納得せず、これまでのやりかたを否定された思いから、「県はうちを潰す気か!」 といって文句を言いに乗り込んできた会社もありました。が、田崎さんが選んだ錚々たるメンバーによる審査委員会が発足して実際に結果を出しはじめるにしたがい、誰もが納得してそれを受け入れるようになっていきました。

10年以上にわたるNACの活動により、長野県産ワインの品質は着実に向上していきました。最初に文句を言いに来たメーカーの社長さんも、いまでは「よい制度をつくってくれた」と言ってくれます。その後、管理制度の品目には酒類のほかにコメも加わり、それぞれの品目ごとに専門家たちが選ばれて定期的に官能審査をおこなっています(コメの官能審査は実際に炊いて食べるのですから大変です)。

田崎さんが選んだ審査委員チームは、その後何人かは入れ替えがありましたが、大半は10年以上留任していただいています。県の仕事なので情けないほどの謝礼しか支払えず、長野まで行くなら新幹線のグリーン車料金くらい出してほしいという要望にも応えられないまま、お忙しい審査委員の方々には本当によく協力していただきました。最初の頃は、田崎さんも私も、いずれは長野県内で審査委員の人材を養成し、新しい人たちに順次バトンタッチしていこう、という考えだったのですが、結局は実現できないまま今日に至っています。

フランスの原産地呼称管理制度もEU全体の地理的表示保護制度の枠内に位置づけられるようになり、日本でも国税庁の告示によってラベルの表示ルールが変わり、日本ワインという呼称も正式に定義されました。こうしたタイミングで、長野県もNAGANO WINE の地理的表示取得を視野に入れて、官能審査のシステムも根本から変える必要があるのではないか、と私は考えています。

すでに所期の目的は十分に果たしたのですから、もう有名な権威の名前に頼らなくてもよいはずです。実際、長野県のワイン官能審査委員会の「泣く子も黙る」創立メンバーの中には、ご高齢の方もあって、そろそろ疲れたから誰かに代わってもらいたい、と洩らす方もおられます。そうでなくても、有名なお忙しい方々に、いつまでも好意に甘えて重責を担っていただくわけにもいきません。そろそろ根本からシステムを変えてメンバーを一新し、若い人たちにバトンを渡す時期が近づいたのではないでしょうか。

ドイツのワインメーカーで工場長をつとめている日本人の醸造家から聞いたところによると、ドイツでは、資格のあるワイン鑑定士も、60歳で定年になるそうです。経験や知識だけでなく物理的な官能識別能力は年齢とともに衰えるから、というのが理由だそうですが、いかにもドイツらしい合理的な考えかたですね。